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「ちょっとキョン!!!」 「なんだ?」 「おなかがすいたわ。」 「だから何だというのだ?」 「昼ごはん食べに行きましょう!」 どうせ俺のおごりになるんだろ………… 「わかったよ。ちょうど俺も腹減ったしな」 俺とハルヒが夕飯(部活帰り)を食べに行ったところは ちょっと高級感があるレストランだった。 さて、何を頼むかな 「カルボナーラのセットを頼むわ!」 「んじゃあ俺は…ドリンクバーで。」 「あんた、まさかそれだけって言うんじゃないでしょうね!?」 「ああ…なんか急に腹が減らなくなった。」 なんでだろう…さっきまであんなに腹が減っていたのに 「…そう…それなら私もドリンクバーでいいわ」 「どうせ俺のおごりになるんだろ…カルボナーラ食べりゃいいじゃないか」 「何いってんのよ!今日は自分で払うわよ!」 おや…これは珍しい てっきり今日も俺のおごりになってしまうんだろうなぁと思っていたのに 「なんか…お前らしくないな」 「…い…いいのよ別に!!!」 …というか、普通自分で金払うのが基本だろ 何を言ってるんだ俺は… その後、俺とハルヒはコーラとカルピスを2杯ほど飲んだだけで会計をすませた。 それにしても…今日のハルヒは様子がおかしかったな… まあ…いいか… END
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三 章 そんなこんなで、とりあえず会社という体裁は整った。作る人、売る人がちゃんと働けば会社は回る。だがSOS団にひとつだけ足りないものがあった。 「あー、みくるちゃんに会いたいわ。帰ってこないもんかしらね」 このところ、これがハルヒの口癖だった。これだけタイムマシン開発を豪語しているのだから、朝比奈さんからなんらかの接触があってもよさそうなものなのに。朝比奈さんはあれから未来に帰ってしまい、それからは音沙汰がない。たまにひょっこり帰ってくることもあるのだが。ハルヒへの説明ではスイスの大学院に留学していることになっている。 「こんにちわ、株式会社SOS団はこちらでしょうか」 ドアが開いた。来客も珍しく、誰がやってきたのかと全員がそっちを見た。 「みくるです。その節はどうも~」 会いたい願望が通じたらしい。さすがハルヒである。こいつにかかれば時間を越えようが空間を越えようが、逃げ切れるものではないな。 「これはこれは朝比奈さんじゃないですか。お久しぶりですね」 「キョンくん、みなさんもお久しぶり」 「……」 「あら、みくるちゃん。帰ってたんだ」 「お元気そうでなによりです」 「もう、ずっとずっと会いたかったわよ~」 ハルヒはひとまわりグラマーな体つきになった朝比奈さんに抱きついた。朝比奈さんは困った顔をして笑った。朝比奈さんの風体は、俺が知っている朝比奈さん(大)と同じタイトスカートと白のブラウスだった。左腕に金色のブレスレットもしている。もしかしたらあのときの朝比奈さんなのだろうか。 「どう?チューリヒ大学は。いい男捕まえた?」 「やだ涼宮さん、そんなことしませんよぅ」 「赤くなってるところを見ると、いい獲物がいたようね」 「ちがいますってばぁ」 未来に帰っても朝比奈さんは朝比奈さんだ。照れて頬が染まるところとか、そのままだな。 スイスのお土産です、と小さな包みをくれた。俺が開けてもいいですかと言い終わらないうちにハルヒが早々と中身を検めている。 「キョン見て見て、金塊よ金塊。スイスゴールドよ!」 「ほんとかオイ」 「やだ、それチョコレートですよ」 なるほど、スイスといえば金塊チョコか。にしても、わざわざアリバイ作りのためにこんな高価なものまで、と苦笑めいた俺の表情を見てか、 「あら、ほんとにスイスにいるんですよ今」と俺だけに聞こえるように言った。 「えっそうなんですか」 「スイスのある研究所で働いてるの」 「へー。やっぱ時間関係ですか」 「スイスだけにね、ってちがうちがう」 手をぶんぶんと振る朝比奈さんのノリツッコミはかわいい。 「あとでちょっと話せます?」 俺は腕時計をさして尋ねた。 「ええ、時間は大丈夫です」 ハルヒたちがチョコを食ってる最中に抜け出して、俺と朝比奈さんは喫茶店に入った。 「ハルヒが今度は、タイムマシンを作ると言い出したんですよ」 「ええ。詳しくは言えないけど、わたしはそのために来たんです」 「ひょっとして、ハルヒがタイムマシンを作るのは既定事項なんですか」 「いいえ。涼宮さんは時間移動技術のはじまりに関わってる人の知り合いっていうだけで、開発に直接的には関わってないはずなんです」 「もし完成でもしたら、どうなります?」 「我々はそれを懸念しているんです。そんなことになったら時間移動技術に支えられている既定事項が崩れてしまうから」 「というと?」 「タイムマシンが完成する前にタイムマシンが完成したら、既定の歴史が混乱するの」 「ややこしいですね。あきらめさせたほうがいいですか」 「そうとも言えないの。涼宮さんの存在は時間移動技術に深く関係があるの。本人自身は関わらないけど、事が始まるための最初のポイント、と言えば分かってもらえるかしら」 「つまりハルヒがタイムマシン開発のスタート地点ということですか」 「そういうことね」 「朝比奈さんの役割は何なんです?」 「涼宮さんと、この会社の監視。時間移動の実験はいろいろと危険が伴うの。時空震もそのひとつだけど、そのための監視ね」 「ということは、しばらくこの時代にいるわけですか」 「そういうことになります。しばらくお世話になると思うけど、よろしくお願いしますね」 「もっちろんですとも」 俺は俄然やる気が出てきた。また朝比奈さんと一緒に過ごせる日々が訪れたんだ。 「いくつか質問していいですか」 「教えられることなら、どうぞ」 「ええと、あなたは高校時代の俺に会った朝比奈さんなんでしょうか。つまり、白雪姫の話をしてくれた?」 「あれはわたし。すべて終えてからここに来たの」 「それと、あなたの本当の歳は……教えてもらえないんでしょうね」 朝比奈さんは人差し指を立ててウインクした。 「禁則事項です」 相変わらず、この人の笑顔は男をときめかせる。 「忘れてました。朝比奈さん、いつだったか車に轢かれそうになった少年を助けたことがありましたよね」 「え、ええ」 「あの子とこの会社のつながりはあるんでしょうか」 「ええと、この会社自体が既定事項にないことなので本来は関係ないはずなんです」 「というと、今後つながりがある可能性も出てくるわけですか」 「なんとも言えないの。禁則事項ではなくて、わたしにはそういう未来は見えないから」 「というと?」 「歴史というのはいくつかの既定事項が重なって出来ているの。だからこの会社がどういう既定事項をたどるかで別の未来になってしまうの。別の道を進み始めた歴史はわたしには見えない」 相変わらず時間というのは難しいようですね。 「その少年の様子を見に行ってみませんか。あれから音沙汰ありませんし」 「わたしも気にはなっていましたから、行ってみましょうか」 ハルヒには営業に行くと言い残して、二人で電車に乗って祝川駅まで出かけた。ハカセくんの家はハルヒの実家の近くらしいんだが、俺はどの番地なのかまでは知らない。先を歩いていく朝比奈さんは知ってるようだ。 あのとき敵対するグループとやらに誘拐拉致までされたにもかかわらず、朝比奈さん(大)は俺たちがなにをやっているのか教えてはくれなかった。川べりからカメを投げ込んだ様子はどう考えても時間移動に関係のあることらしい。すべてが明らかになる日には、朝比奈さんの所属する時間移動の組織が生まれていて、それはずっと未来の話だろう。 俺と朝比奈さんは東中学校の校区をうろうろ歩き、番地を確かめつつ住宅街をあちこちさまよった挙句、それらしき家にたどり着いた。 「朝比奈さん、いきなり尋ねちゃっても大丈夫でしょうか。怪しまれませんか」 「それもそうですね。こっそり様子見るだけにしましょうか」 二人で隣の家の壁に隠れて人の気配をうかがった。金融公庫と銀行の三十年ローンで買えそうな、ありきたりな一戸建てだ。 「誰もいませんね。住所は確かにここですか」 「ええ、記録ではそうなっています」 その場で十五分ほど見張っていたが、誰の出入りもない。二階の窓のカーテンは閉まったままだ。一階の掃き出しの窓は生垣の向こうでよく見えない。犬は飼っていないようだし、ちょっと忍び込んでみるか、なんて法に抵触しそうなことを考えていると、「あの、どちらさまでしょうか」突然背中から呼びかけられて俺と朝比奈さんはビクと飛び上がった。 「あの、いえ、なんでもないんですっ」 空き巣に入る算段をしているところを見つけられた泥棒になった気分だ。 「あ、もしかしてウサギのお姉さんですか?」 ずっと前に見た面影のある、少年と呼ぶにはやや歳を食っているかもしれない眼鏡の少年がそこにいた。ハカセくんだった。 「ハカセくん?だいぶ前に祝川公園でカメを渡した」 名前を知らないので俺たちの通称で呼んでみたのだが、少年は特に違和感のない表情をしていた。 「そうです。僕のあだ名ご存知なんですね」 ハカセくんは笑った。昭和の某漫画じゃあるまいに、いまどきハカセくんをあだ名につける子供もいないだろう。俺と同じく親戚の叔母さんか爺さんにでもつけられたのだろうか。 「ここじゃなんですし、ちょっと上がりませんか。今学校から帰ってきたところなんです」 「その制服、北高?」 「ええ、そうです。もしかしてOBの先輩ですか?」 「まあそうだ」 俺たちの後輩にハカセくんがいたなんて知らなかった。二人はハカセくんの案内で家の中に入った。ふつーにありそうな一般的庶民の雰囲気だ。調度品やら家具は俺んちの居間に似てなくもない。当たり前だがタイムマシンもなかった。 「ということは今受験生?」朝比奈さんが訊いた。 「ええ、そうです」 「どこを志望してるの?」 「いちおう、ここから通える国立なんですが」 ハカセくんは少しはにかんで答えた。へー、それはまた奇遇だね。俺は朝比奈さんを見た。 「これは偶然ではないですよね」 「どうかしら……」 朝比奈さんは考え込んでいるようだった。 「なにが偶然なんです?」 「俺はその大学のOBなんだ」 「そうだったんですか。もしかして涼宮姉さんもですか?」 「そうそう。ハルヒもだ」 あと宇宙人と超能力者もそうだが。 「ハカセくん、どこの学部なの?」 「いちおう物理学で素粒子物理を専攻したいと考えてるんですが」 朝比奈さんの耳がピクと動いた。 「あの、ヘンなこと聞いていいかしら。もしかして宇宙論とか時間論とか時間平面……じゃなくて時空構造論とかかしら」 「詳しくは知りませんが、たぶんそっちにも繋がるんじゃないかと思います」 朝比奈さんは腕組みをしてうーんと考え込んでいた。ハカセくんがお茶かなにかを用意しにキッチンへ引っ込んだところで、耳打ちした。 「朝比奈さん、どうかしましたか」 「あの、わたしが彼と話をしていること自体問題あるのかもしれないけど、この子が時間移動技術に関わるのは間違えようのない事実なの。でもこんなに早くから関わっていたとは思わなかったわ」 「ということは時間移動技術を知っている朝比奈さんが開発に関わってしまうということですか?」 「そこが問題なの。そういう歴史は知らないし、知らされてもいないの」 しばらく考えていた二人は、納得できるひとつの妥当な答えにたどり着いた。 「これはハルヒじゃないですか」 「もう、それしか考えられないわ」 「この際だから、ハカセくんをハルヒに引き合わせてみませんか」 「え、でもそれは……」 それはどういう結果を招くのか分からない、と確かに俺も思う。 「元々ハルヒが勉強を教えていたみたいですし」 「うーん……。こんな歴史はないはずなんだけど」 未来と通信しているらしき仕草をしていたが、困った表情で唸るばかりだった。未来にいる時間移動管理のお役人とやらも前例がないことへの対応を苦慮してるんだろう。 「最近会っていないんですが涼宮姉さんは元気ですか」 ハカセくんがお茶と羊羹をお盆に載せて戻ってきた。 「ああ、元気元気。もう元気すぎて空回りしてるよ」 俺は渋いお茶をすすりながら苦笑して言った。 「いいですね。あの人にはなにかしら人を巻き込んでしまう台風みたいな不思議なエネルギーを感じます」 俺はその台風と七年も付き合わされてるんだけどね、えへへ。 俺はまだ意見を決めかねている朝比奈さんの様子を伺いながら、フライングを切った。 「そのハルヒなんだが、会社を作ったんだ。ハカセくん、よかったらうちでバイトしないか」 案の定、朝比奈さんが目を丸くして止めようとした。 「キョンくん、そんなこと言って大丈夫なの!?」 「ええ。ちょうど人手も足りなかったことですし、物理学に多少なりとも覚えのある人が欲しかったんですよ」 「いいですけど、どんな仕事なんですか」ハカセくんはちょっとだけ考えて答えた。 俺はできるだけ目を泳がせないように、ハカセくんを正視して言った。 「タイムマシン、を、作る」 ほとんど棒読みだった。その場の空気が摂氏四度くらいに急速降下して凍りついた。俺ってハルヒと付き合ってきて人との話し方を忘れてしまったんじゃないか。 「それ本気ですか?」 「本気も本気、猿並みに本気」 「いいですけど」 ボソリと呟いたハカセくんの目がキラキラしているのは気のせいだろうか。この目、誰かのに似てないか。 「どうやって作るおつもりですか」 「それもまだこれから考えるんだ」 「なるほど……」 「ハカセくんもなにかと物入りだろう。遊びに来てくれるだけでいいから時給出すよ」 「それは嬉しいお誘いですが、毎日は通えません。学校やら塾やらでいつも帰りが遅いですから」 「どうだろう、ハルヒが受験勉強の手伝いをするというのは」 「それなら助かります。たぶんうちの親も承諾するでしょう」 こういうとき、こっちの都合のいいように事を運ぶ知恵が働くのは俺の得意とするところだ。 「じゃあ、二三日中にハルヒから連絡入れさせるから」 「分かりました。よろしくお願いします」 ハカセくんがぺこりと頭を下げた。素直でいい子だよな。こういう貴重な人材は早めに確保しといたほうがいい。 俺たちはお茶のお礼を言ってハカセくんの家を後にした。 「俺思うんですけど、朝比奈さんが知らない未来ってことはまだ既定事項じゃないってことですよね」 「そう、だと思うけど」 「ということは、ここからの未来は当事者が作ってもいいんじゃないですか」 「そうね。そうかもしれないわね」 まだ合点が行かないように考え込む朝比奈さんは、たぶん歴史の保全ばかりを気にしていて、自らが作る歴史というのに不安があるんじゃないかと俺は思った。あなたは自分で自分の歴史を作るつもりはないんでしょうか、と尋ねるには俺はまだ若すぎるが。 「じゃあ、わたしはここで」 「俺は一度会社に戻ります」 「また明日ね」 朝比奈さんは右手をにぎにぎして言った。振り返るともういなかった。もしかして未来と現在を日帰りしてんのかな。 会社に戻ったときには六時を過ぎていた。ハルヒと古泉はいなかった。 「待ってたのか長門、すまんな。帰りに晩飯おごるよ」 「……乙、あり」 「ハルヒが昔家庭教師をしてやっていたやつで、今高校三年生の子がいてな。そいつに会った」 「……知っている。未来からの干渉で交通事故を装った殺人に巻き込まれそうになった」 「知ってたのか。あの子をバイトに雇おうと思うんだ」 「……そう」 長門はあらかじめ知っていたという感じで、頭を七度くらい傾けてうなずいた。 「あの子、長門のいた学部を志望してるらしいんだが。もしかして予定の行動?」 長門は何も答えず、ただ微笑らしきものを浮かべただけだった。こいつのことだ、すべて知っていたに違いない。ハルヒが会社を作るとわめき始めるのも、タイムマシンを作ると豪語するのも。 「……知っていたわけではなく、予測と誘致」 「なるほど。じゃあハルヒがタイムマシンを作ることに関しちゃそれほど懸念はないんだ?」 「……阻止するより、コントロールするほうが望ましい」 ハルヒの監視を続けて十年、長門はついに悟りを開いたようだ。 翌朝、ハルヒ社長から重大な発表があった。 「みんな、いい知らせよ。みくるちゃんが非常勤務でうちの会社を手伝ってくれることになったわ」 「それは素晴らしい。またあの頃のように五人で賑やかにやりましょう」 古泉が喜んでいた。あの頃みたいな非日常的騒動の毎日はごめんだぞ。 「さあっ、みくるちゃん。あなたのために衣装を用意したのよ。さっそく着替えて」 ハルヒはフリルの付いたドレスを取り出した。朝比奈さんのために新調したようだ。俺と古泉は、またあのコスプレを見られるのかとワクワクしていた。ところが朝比奈さんは顔を縦には振らなかった。 「それはいやです」 「えー、せっかく買ってきたのに。ちゃんとサイズも合わせてるのよ」 「だめです。わたしはもう涼宮さんの着せ替え人形ではないの」 ハルヒが唖然とした。はじめて見せる、ハルヒに対する朝比奈さんの頑とした態度だった。睨まれたハルヒはたじたじとなった。 「ねえ、お願い。あたしじゃ似合わないのよね」 「いや、です」 朝比奈さんは腕組みをして譲らなかった。 「困ったわ……」 ハルヒは用意した衣装を持ったまま、どう取り繕えばいいのか分からず俺たちに視線をさまよわせた。よくぞ言った朝比奈さん。今まで朝比奈さんを散々おもちゃにしてきたから、ハルヒにはちょうどいいクスリなのだ。俺にはちょっと残念だったけど。 「……わたしが、着る」 それまで黙ってパソコンのモニタに向かっていた長門が、ぼそりと言った。 「そ、そう?有希が着てくれるの?」 もう、この際誰でもいいという感じでハルヒは渡りの船に乗った。 「……貸して」 長門はハルヒの手から衣装を受け取り、会議室のドアを閉めた。 「有希、手伝おうか?背中ちゃんと締められる?」ハルヒがドア越しに尋ねた。 「……いい。やれる」 しばらくごそごそと衣擦れの音が聞こえていたが、やがてドアが開いた。アリス系ロリータのエプロンドレスに身を包んだ長門が現れた。それを見た四人が、ほぅ!まぁ!これは!と感嘆の声を漏らした。小柄な長門にはボリュームのあるドレスが似合う。似合いすぎている。朝比奈さんとは別の意味でいい。朝比奈さんとはサイズも体型も違うはずだが、分子情報操作とかで裁縫か。 「ピンクが栄えていますね。今までこういう衣装を着た長門さんを見られなかったのが、もったいないくらいです」 「なぜ今まで気が付かなかったのかしら。有希、すっごく似合うわ。ほら、ヘアバンドしてみて」 そう、ロリータファッションと言えばヘアバンドだ。 「……どう」 ヘアバンドを髪に巻いてあごのところで小さく結んで、俺を見た。微笑っぽいものが浮かんでいるところを見ると本人も気に入ってるようだ。俺はにっこり笑って親指を付きたてた。 「長門、似合ってるぞ」 「な、長門さん、似合ってますよ……」 気のせいかもしれんが、朝比奈さんの口数が減っている。もしかして役柄を取られて後悔してるんじゃありませんか。 「部長氏、ちょっといいものを見せたいんだけど」 俺は内線をかけて、長門の親衛隊を自称する開発部の連中を呼んだ。 「おおおお」 ドアを開けるなり部長氏以下五名の感嘆のコーラスが響いた。 「スバラシイ。とてもよくお似合いです、副社長」 もう長門の元にひれ伏して靴にキスでもしそうな勢いだ。 「……そう」 長門がちょっとだけ微笑んだ。これ、来客のときも着てくれると営業効果あるかもな。長門にはなにかこう、特殊な部類の人種を惹き付けるオーラのようなものがあって、黙っていてもそいつらが寄ってくる。俺もそのうちのひとりなわけだが。 そのようなわけで我が社のマスコット的コスプレイヤーはしばらくの間、長門ということになりそうだ。 「そういえばハルヒ、お前高校の頃家庭教師やってたろう」 「突然なによ。まあ、やってたけど」 「あのときの男の子はどうしてるんだ?」 「さあ……もう高校生くらいなんじゃないの?」 「あの子をアルバイトに雇ってもらいたいんだが」 「いいけど、バイトなんか必要なの?」 言っとくが開発部の連中はマンパワーぎりぎりで、いつでも人を欲しがってるんだぜ。 「タイムマシンに興味があるらしいんだが」 この単純な社長を動かすにはこれだけで十分だった。 「へー、そうなんだ」 「今年受験生で物理学部を受けるらしい」 「そうね、人材にも投資しないとね。昔の人はいいこと言ったわ。腐ったリンゴをつかみたくなければ、木からもぎ取ればいいのよ」 それってなにか、俺は腐ったリンゴか。 ハルヒは自宅に電話をかけ、ハカセくんの家の電話番号を聞き出しているようだった。再度かけなおし、ハカセくんを呼び出していた。 「今週中に来てくれるって」 「そりゃよかった」 「あんた、ほんとにタイムマシンなんか作れると思ってんの?」 「お前が言い出したことだろ」 「あたしは過去に行ってみたいだけよ。タイムマシンの仕組みなんか知ったこっちゃないわ」 この人はいつもこれだからな。 「まあなんとかなるんじゃないか?科学技術は日進月歩爆走してんだろ」 「あたしが今から開発をはじめて、孫の孫くらいに完成すればいいくらいに思ってるだけよ。そしたらどの時代にでも連れて行ってくれそうじゃない」 未来への投資か。自分の手でなんでもやってやるという、いつものこいつらしくないな。こいつの願望を実現する能力がなけりゃ、とても今世紀中の完成は無理だろう。 「創始者のお前がそんなこっちゃできるもんもできなくなるぞ。もっと自分を信じろ。やればできる、成せば成る。心頭滅却すれば火もまた涼し、じゃなくて、石の上にも三年、じゃなくて、我田引水じゃなくてええとなんだ」 「それを言うなら、千里の道も一歩からでしょ」 「そうそう、それだ」 いまいちぱっとしないよなあ。やっぱ古泉のいうとおり、ハルヒの活力やら突拍子思いつきエネルギーやらが薄まっちまってる。ここはひとつ、まわりが盛り上げてやる必要があるかもな。 「実は俺も時間旅行が好きなんだ」 「へー、そうだったの。初耳だわ」 朝比奈さんと目の回るような時間移動を何度も経験している俺がいうんだから、嘘じゃない。たまに吐きそうになるくらい好きだ。 「どの時代に行くんだ?」 「完成したらの話よ」 「じゃあ完成したらいつの時代に行くんだ?」 「そうね。十年前ぐらいがいいわ」 「十年前ってーと中学生くらいか。自分にでも会いに行くのか」 「自分に会ってもしょうがないでしょ。ちょっと会いたい人がいるのよ」 十年前……?死んだ爺さんか婆さんにでも会うのか。 「勝手に殺すんじゃないわよ。まだピンピンしてるわ」 「じゃあ完成したらみんなで行こうぜ。俺は自分に小遣いでもやりたいぜ。あの頃はバイトもできなくて貧乏だったからな」 「そうね。それもいいかもね」 ハルヒは頬杖をついてぼんやりと遠くを見ていた。こいつのメランコリーの原因はどうやら過去にあるようだ。 次の日ハカセくんがやってきた。学校の帰りにハルヒに捕まったらしい。 「期待の新人、ハカセくんを連れてきたわよ」 「あ、先輩こないだはどうも」 ハカセくんに先輩呼ばわりされちまってるぜ俺。 「よう、来たな。こっちが古泉、こっちが長門だ。長門はハカセくんが志望する専攻の研究室にいる」 「ほんとですか、よろしくおねがいします」 「……長門有希」 「ようこそハカセさん、なにもないところですが。今お茶を入れます」 「ありがとうございます」 丁寧に腰を四十五度に曲げてあいさつをするハカセくんだった。今日は朝比奈さんが来ていないので古泉がお茶当番だ。 「あれからいろいろと調べてみました」 「なにを?」 「タイムマシンに使えそうな技術です」 この子はピザの宅配並みに気が早いというか。 「すごいわねハカセくん。将来はノーベル科学賞ね」 「涼宮姉さん、気が早すぎますよ。まだ勉強しはじめたばかりです」 ハカセくんはてへへと照れた笑いを浮かべた。 「ハカセくん、本を買ったら領収書もらっておいてね。会社の経費で清算してあげるから」 それより図書カードを渡しといたほうがいいんじゃないか。いくら清算してやるといっても財布に限界があるだろう。あとで経費で商品券でも仕入れとくか。 「ほかになにかいるものは?」 「ええと、とくにないと思います。今のところは」 「そうだ、白衣が必要だわ」 「白衣ってまさかナースか」 「バカね、実験着の白衣よ」 ああ、科学者が着てるやつね。長門にナース服を着ろというのかと思った。それはそれで見てみたい気もするが。 「……これ、読んで」 長門が分厚い本をハカセくんに差し出した。前に見たようなシーンだな。 「量子論ですか?」 「……そう。それからこれも」 「量子力学ですか」 長門の抱えた本は古びて表紙の文字が薄く消えてしまっていた。これ見覚えがあるんだが、もしかしてかつて文芸部部室にあったやつじゃ。 「ちょっと僕にはまだ難しいです。高校の物理程度のことしか……」 パラパラとページをめくるハカセくんは苦笑いしていた。 「……大丈夫。わたしが教える」 まあ長門と庶民的高校生じゃ知識の差がありすぎるが。いい教師にはなるだろう。 ハカセくんはハルヒの尽力(もとい圧力)によって今通っている塾をやめ、大学受験のための勉強をハルヒに、さらにタイムマシン開発のための勉強を長門に教わることになった。勉強を教えてもらってしかもバイト代が出るってのもエサで釣ってるようでアレだが、まあ本人が喜んでいるのでいいとしよう。 【仮説1】その1へ
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俺の日常はきっと赤の他人から見れば、まあ大変ねとか、苦労なさっているんですねとか 言われてしまうようなきわめて非日常的な状態にあるんだろうが、俺にとってはこれが楽しくて仕方がない ごくごく普通の日常であると断言できる。 宇宙人・未来人・超能力者。こんなのが得体の知れない情報爆発女を中心に闊歩している世界に 俺のようなきわめて一般的平凡スペック人間がコバンザメのようにくっついて歩いている光景は、 確かに不釣り合いと言えばその通りである。が、いったんそんな現実を受け入れてしまえば、 細かいことはもうどうでもよくなり、どうやってこの微妙に非日常を満喫するか考える毎日だ。 てなわけで、本日もハルヒ発案による不思議探索パトロール中である。 相変わらず、ハルヒの望むような変なものが見つかるわけでもなく、ほとんどSOS団という謎の集団による 食べ歩き・散策・名所巡り状態になっているが。 「にしてもだ。ハルヒが本当に変なものに遭遇を望んでいるなら、とっくに見つかっていそうだけどな」 俺は朝比奈さんをうらやましくも抱き寄せほおずりしながら歩くハルヒを尻目に言う。 それにすぐ横を歩いていた古泉は苦笑しながら、 「涼宮さんにとってそういった奇怪なものを見つけることよりも、我々と一緒に遊ぶことの方が楽しいのでしょう。 そうでなければあなたの言うとおり、今頃町中がエイリアンやUMAで溢れかえっていますよ」 確かのその通りだろうな。実際に俺もそんな物騒な連中が現れずに、こうやって遊び歩いている方が遙かに楽しい。 ハルヒ自身も未知との遭遇がなくても、現状の不思議探索パトロールで満足しきっているんだろうな。 と、古泉は珍しく胡散臭さのない屈託のない笑顔で、 「このままこの日常が続けば良いですね。僕のアルバイトもいっそのこと無くなってしまった方がいいですし」 そんなことをしみじみとつぶやく。 お前達の言うようにハルヒが世界を平然と作り替えられる能力を持った神的存在って言うなら、 この平穏な日常は永遠に続くだろうよ。ハルヒがそう望み続ける間はな…… ……この時まで俺はそう確信していた。 ◇◇◇◇ 「ちょっと公園で一休みしましょう」 そうハルヒの一声で俺たちは公園のベンチに座る。ところでハルヒさん。いくら何でもずっと朝比奈さんに抱きついたままなのは どうかと思うぞ。全くうらやまし――じゃない、少しは朝比奈さんの迷惑を考えろよな。 「いいじゃん。今日は思ったよりも寒かったからカイロが必要なのよ。う~ん、さっすがみくるちゃんは暖かいわね」 「ふえ~」 ハルヒの傍若無人の振る舞いに朝比奈さんは困り切った顔を浮かべているんだが、 ついついそんな彼女にもこうエンジェル的優美かつ華麗さを感じ取って見とれてしまう俺も相当罪深い。 アーメン。俺の男としての性を許してくれたまへ。 一方の長門は相変わらずの無表情ぶりでベンチの上にちょこんと座っている。すっかり謎の超生命体印の宇宙人というよりも 文芸部部長兼SOS団最大の功労者という肩書きが似合うようになった。そんな彼女も今日もいつも通り無表情・無口で 無害なオーラを延々と見せているところから別に変なことが背後やら水面下とかでうごめいてはいなさそうだな。 ふと、ここでハルヒと目が合ってしまった。なんてこった。俺としたことが飛んだミスを。 「ちょっとキョン。のどが乾いたからみんなにジュースを買ってきなさい。あ、当然あんたのおごりでね」 「何で俺が」 横暴極まりない俺への指令に、俺は抗議の声を上げるが、ハルヒは朝比奈さんを抱きしめたまま、 「今日も遅刻したじゃん。罰金よ罰金! ほらほらぶつくさ言わないでとっとと買ってきなさい! あ、あたしは暖かい紅茶でね♪」 満面の笑み100%を浮かべているところを見ると、全く今日もいつもの傍若無人ぶり全開だな。 いつもどおりってのも安心できると言えばそうなんだが。 俺は長門と古泉、それに朝比奈さんの要望を聞くと、近くの自販機を探し始めた。 ちなみに俺の癒しの朝比奈さんは、ごめんなさいとぺこぺこしていたが、そんなに謝る必要なんてありませんよ。 あなたがアルプスの天然水が飲みたいというなら、今すぐ新幹線に飛び乗っていくことなんておやすいご用ですぜ。 しばらくきょろきょろと見回していた俺だったが、やがて公園に乗ってはしる道路の向こう側に 自販機が並んでいるのが目に入った。俺は横断歩道の信号が青になったことを確認し、小銭を数えながらそこを渡り始める。 ――キョンっ!? 後頭部に突然ハルヒの声がぶつけられる。そのあまりに突飛な声に何事だと俺は右回り180度ターンで振り返っている途中で 気がついた。俺の鼻先30センチのところにばかでかい巨大トラックがいることに。 当然ながら空中に突如出現したわけでもなく、猛スピードで信号を無視して俺に突っ込んできている。 鈍い衝撃が俺の鼻に直撃した以降、俺は何も感じなくなった―― ◇◇◇◇ ――キョンっ――キョンっ――お願い――目を開けて―― ハルヒの声だ。何だやかましい。言われなくてもすぐに起きてやるよ…… 俺はすぐにまぶたを開こうとして気がついた。どれだけ強く力を込めて目を見開こうとしても まるでそれを拒否するかのように、強くまぶたが閉じられている。目の上の筋肉辺りは動いているようだったが、 肝心のまぶたは力を込めると逆にしまりが強まる。くっそ――どうなってやがる…… ――キョンくん……どうして……こんなことに―― 次に聞こえてきたのは朝比奈さんの声だ。耳に届く美しい言葉に俺は再度目に力を入れるが、やはり開かない。 ずっと続く闇の中、朝比奈さんのすすり声だけが俺の脳内に響く。ここで気がついたが、俺の手足も俺の意志に反して 全く動かなかった。まるで全身に釘を打ち込まれたかのように身体が硬直し、直接的な痛みよりも 動くはずの俺の身体が動かないというもどかしさに、俺は強烈ないらだちを憶えた。 しばらくして朝比奈さんのすすり泣きも聞こえてこなくなった。そのままどれだけの時間が過ぎたころだろうか。 いい加減、自分の身体が動かないことにあきらめつつあったころ、今度は言い争いが聞こえてきた。 はっきりと言葉の末尾が聞こえないが、片方が古泉の声であることはすぐにわかった。聞いたことのない男の声と 激しくやり合っているみたいだ。おい古泉、そんな声を出すなんてお前らしくないぞ。どうした? しばらく意味不明な怒声のキャッチボールが続いていたが、やがてバンという大きな音とともにそれが止まった、 ――何――やってんのよ――病人の前なのよ!? 出て行って! 出て行ってよ!―― ハルヒの声だ。すまん、ハルヒ。助かったよ。これが続いていたら俺の耳がくさっちまいそうだ。 ん? 今ハルヒはとんでもないことを言わなかったか? なんだったっけ……ま、いいか。ちょっと眠くなった。寝よう…… ――やあ、キョン―― ……ん、誰だよ。人が寝ているってのに…… ――久しぶりに顔を合わせたかと思えば、こんなことになってしまうとは、ついていないと言えば良いんだろうかね? ……うっさいな、俺は眠いんだよ。寝かしてくれ…… ――僕は君が起きているつもりで話すよ。いまさらだけどね。少しでもその意味を理解できているなら―― 俺はここで眠りに落ちた…… 一体どのくらい経ったんだろうか。眠っては起きてまた眠っての繰り返しの日々。いい加減飽きてきたんだが、 起きても指一本動かせず、目すら開かないのでどうしようもない現実だ。聞こえてくるのは耳を通してではなく 頭蓋骨を伝わってくるようなぼやけた声だけ。最初はそれを聞き取ろうと努力したんだが、どうやら俺がどうこうしても 無駄なようだ。はっきり聞こえてくるときとそうでないときの違いは、俺の意志や努力とは関係なかった。 そして、久しぶりにはっきりと聞こえた声。 ――ゴメン、キョン。全部あたしの責任よ。あたしがあの時あんたを使いっ走りにしなければよかった。 ――あたしが悪いの――――――――――――ごめんなさいっ――――本当にごめんなさい――だから目を開けて――お願い―― そんな悲しそうな声を出すなよ、ハルヒ。お前のせいじゃないに決まっているだろ? 自分をあんまり責めるなよ。 らしくなさすぎるほうが帰って俺を不安にさせるんだからさ。大体、あんなことはいつもどこかで起きているんだから―― あれ? なんだっけ? 俺、なんかとんでもない目にでも遭ったのか? なんだっけ…… それから果てしない時間が過ぎたような気がする。 もうはっきりした声も聞こえなくなり、雑音のような声らしきものが俺の脳内に拡散していく毎日。 飽きたなんて言う感覚すら通り越して、意識が麻痺しているんじゃないかと思いたくなるほどの無感状態になっていた。 寝て起きて寝て起きて寝て起きて寝て起きて――もう考えることすらうっとおしくなってきている。 ――あきらめないで。 長門の声だ。すごく久しぶりに聞いた。ちょっとうれしくなる。すまないがちょっと俺の目を開ける手伝いをしてくれないか? ――今、わたしは何もできない。 そりゃまた白状だな。SOS団の仲間だろ? ――あなたと意識レベルでの言語的会話をすることが、わたしにできる唯一できること。 なら、せっかくだ。話でも聞かせてくれ。そうだな。おとぎ話でもいいぞ。いい加減、退屈で感覚が麻痺しているんだ。 ――残念ながらわたしにはあなたの身体構造の再起動を促せるような言語刺激を持ち合わせていない。 そうか。それなら仕方がないな。そろそろ眠たくなってきたから、寝るよ。 そうだ、また退屈になったら話してくれないか? ――もうこのインタフェースであなたと会うことは二度と無いかもしれない。でも聞いて。 なんだ? ――このままでは涼宮ハルヒはこの惑星にすむ知的生命体全てからの憎しみをぶつけられる。 ――そして、世界は消滅する。 は? なんだそりゃ。そんなことがあってたまるか。 ハルヒはな、確かに行動が突飛だったりわがままだったりするが、何だかんだで常識的な奴なんだよ。 人を本気で傷つけたりとかなんてしないしな。見た目で判断するんじゃねえよ。 誰も彼もが誤解しているってなら俺が教えてやる。ハルヒって奴が本当はどんな奴って事をな…… そう思った瞬間、今までの目の拘束状態が嘘だったかのように消える。 そして、俺はゆっくりと目を開いた…… ~~その1へ~~
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第七章 「で、何でここにいる?」 一人と一匹に問いかけた。 「入れてもらった。大丈夫。情報操作でこの部屋は防音室。」 「いや、そうじゃなくてさ……」 「彼女は私を連れて帰ってくれたのだ。感謝したまえ。」 そういえば、また忘れてたな。 「ハルヒ。簡単に説明………ってあれ?」 ハルヒはのびていた。 「これまた好都合。」 全然、好都合じゃない。 「要件は?」 「答えは出た?」 「俺は帰らないつもりだ。」 「やはりな。」 何でお前まで知っている。 「それは、キミと一緒に話を聞いたからだ。」 つまり、お前は俺が取り憑いた時の事を覚えていると。 「無論そうだ。」 「古泉一樹もあなたがそう答えると予測した。朝比奈みくるは、逆の予測を立てた。」 「そうか。それを言いに来たのか?」 「違う。もっと大切な事。」 何だ。言ってみろ。 「お腹が空いたのだが。」 下行って妹に餌でもねだれ。 「ここは、あなたが想像する改変世界ではない。」 どういう意味だ? 「正確に言うと、朝倉涼子が創った情報制御空間。時空間を改変してはいない。 彼女は、あなただけをこのオリジナルに似せたこの空間に閉じ込めたと思われる。」 そんな事出来るのか? 「涼宮ハルヒの力を少し使えば可能。」 しかしあいつは、メモリ不足だって言ってたのだが。 「無いなら作れば良い。少量のメモリの増強は簡単。 それに、彼女が消える直前、自分の能力を多少捨てれば尚更の事。 他にも数種類の方法があると思われる。 わたしはあなたの話を聞いた後、色々と調べていた。 すると奇妙な事に、時空震の痕跡が見つからなかった。 朝比奈みくるに問い合わせても、やはり見つからない。」 そういう風に改変したとかは? 「その可能性があったので、ある実験を試みた。」 何だ、それは。 「実際に過去に遡れるかどうか。 朝比奈みくるの力と、あなたが前に使った緊急回帰プログラムを古泉一樹に使用した。」 結果は? 「成功。約1日以上遡れなかった。」 それが何を示唆するのか分からないのだが。 「この世界が改変されたのなら過去はある。しかし、この世界は過去が無い。 だから遡れない。 何故なら、この世界は昨日創られたから。」 「つまり、朝倉涼子君が創ったこの空間は過去が無い。そう言いたいのだな?」 ししゃもをくわえたシャミセンが横にいた。 「今日の夕食はししゃもだそうだ。キミの妹が言っていた。」 「そう。」 「シャミ。まさかお前妹に話しかけたのか?」 「いいや、キミが前に指導した通り、みゃーで済ませた。」 「そうか、悪いな。有難う。長門もな。」 「いい。」 そう言って長門は立ち上がる。 「気が変わったらまた。」 あぁ、何にせよまた会いに行くからな。 「出来れば、あなたには戻って欲しい。 涼宮ハルヒから進化の可能性を見つけたい。 また図書館にも行きたい。」 長門……… 「それじゃあ。」 「待て。ハルヒに話さなくていいのか?」 「………やっぱり今はまだいい。」 長門は帰って行った。 「キミは謝らなくてはならない。」 誰にだよ。 「元の世界の仲間達だ。」 元の世界? 「元の世界の仲間は、この世界と違い、キミの為に働いた。自分の使命に背いてまで。 そして、元の世界のキミの彼女が、キミの帰りを一番待っている筈だ。」 ハルヒが俺を待っている。 「私に宿る仲間も言っている。キミは戻るべきだ。そして、仲間に感謝しろと。」 宿る仲間? 「珪素がどうだとか言ってたな。」 阪中の犬のあれか。 「とにかく、もう一度考えろ。」 「有難うシャミ。」 「礼には及ばない。それより、これを取って欲しい。苦しくてたまらない。」 長門の付けたバイリンガルを煙たそうに引っ掻く。 「いいのか?もう話せないぞ。」 「構わない。」 「そうか。本当に有難うな。元の世界に帰ったら、高級キャットフードをやろう。」 「私には関係ない話だ。」 「そうか。横のボタンを押せ。」 「ここか?」 シャミセンがボタンを押すと、バイリンガルが取れた。 「みゃー。」 シャミセンは下に降りて行った。 さて、生理的なもので、俺も眠くなる。 ハルヒはそのまま熟睡して、いびきをかいていた。 このままこの世界にいると迷惑かけるな… ふと、家族や仲間達の顔を思い出す。元の世界の人々はどうしているだろう。 長門が上手くまとめているといいんだが。 無性に恋しくなる。 しかし………「この」ハルヒをどうする。 ふと、雪山で遭難した時に古泉が言った言葉を思い出す。 「僕が恐れているのは、これが消去プログラムではないかということです。」 「僕たちがコピーされ、シミュレーションによって存在させられているのだとしたら、 わざわざこの異空間から出ていく必要はありません。 オリジナルが現実にいるのであればそれで充分ですからね」 「………さて、ここで変化のない満ち足りた人生を歩むのと、 いっそのことデリートされてしまうのと、あなたはどちらがいいと思いますか?」 前は、俺まで消えてしまうかもしれないという異世界だった。 今度は、俺だけがオリジナルの世界の住民で、この世界の奴らはコピーの住民だ。 消せるか?「この」ハルヒを。 どうするよ俺? 「現実をみろ。」 現実?何処だよ。それは。 「元の世界だろ?長門が連れて行ってくれるさ。」 長門が信用出来るか?この世界の長門は、俺達を殺すきっかけを作ったんだぜ? 「今のお前に何の価値がある。死人に口無しだ。既にお前は利用価値は皆無だ。それに、何故この空間があると思う。」 知るか。そんなもん。 「おいおい、しらを切っても無駄だぞ。なんせ、俺はお前だ。お前の事なら全部分かる。」 あぁ、そうだとも。此処は俺の牢獄だ。 なんかムシャクシャする。 自分自身にこんな形で腹を立てるなんて滑稽極まりない話だ。 「どうせ、失う物なんて無いんだろ?この世界はお前の桃源郷じゃないんだ。」 「ハルヒと誓ったんじゃないのか。やる事があるはずだぞ。」 「足掻けよ。ウジ虫。」 「もう昼か。」 時計を見てハッとした。 ハルヒはまだ眠っていた。そろそろ起こすか。 「起きろハルヒ。もう昼だ。」 「ん、あと4年……」 そんなに眠っていては困るので、俺の自慢の歌で起きていただこう。 「おおーおきろー♪おきろおきろおきtッ……おきろー♪」 「うるさーい!!」 「昼だ。起きろ。」 「んー?もうそんな時間?たしか昨日は………」 あ、まずい…… 「キョン。有希と何があったの?正直に話しなさい。」 ハルヒは引きつった笑みを浮かべる。このままでは、俺は至上の苦しみを味わうだろう。 長門は宇宙人だと言って通じるわけないし、言い訳、何か良い言い訳はないのか!? 「えーと、長門は元々霊感の強い家系の生まれなんだ。だから、最後に何か話そうと思って………」 「ふーん。有希だったらありそうね。 ところであんたの猫、喋ってなかった? いいえ、喋ってたはずだわ。これは調べる価値があるようね。」 ハルヒは一目散に駆け出して行った。 「やれやれ。」 1時間程経っただろうか。ハルヒは不満そうな表情で帰ってきた。 「どうだった?」 「ダメね。うんともすんとも言わないわ。」 「だろうな。」 内心ほっとした。 「いいわ!!行くわよキョン。みんなに最後の挨拶しなきゃ。」 「あぁ。」 「どうしたの?元気ないわね。」 「………いや、何でもないさ。行こう。」 外に出る。今日はいい天気だ。雲一つ無い。 「ほら。」 何だ。 「手。繋いであげる。」 「ありがとう。ハルヒ。」 「ふん、どういたしまして。」 俺達は学校へ歩む。 太陽は俺を嘲笑うかの如く照りつけ、俺の心に陰を作る。 忌々しいが、どこか温かいかけがえのない存在者。 それはまるで、現在俺の横で鼻歌混じりで歩いている奴みたいだ。 「着いたわ。」 真っ先に部室棟へ向かう。 「待ってた。二人共。」 「有希!!」 ハルヒは長門に飛びつくが、虚しく体をすり抜ける。 「そっか……死んでるんだった。あたし。」 「朝比奈さんと古泉は?」 「もう直ぐ来る。その前にこれに入って。」 長門の指した先、二体の人形があった。 「これって……」 あぁどう見ても俺とハルヒそっくりだ。 瓜二つと言っても過言ではない。 「入って。」 ハルヒは混乱状態だったので無理矢理押し込んだ。 俺ももう一体の方に入る。 「え……あたし、生き返った!?」 人形に入ったハルヒが喋り出す。 「通常の有機生命体と同じ作り。内臓等の器官もほぼ100%一緒。」 そんな事いいから服くれ。今頃素っ裸な事に気付いた。 「あたしはみくるちゃんのでいいわ。」 「俺のは?」 「無い。」 「どうも。おや………これは。」 スマイルがにやけに変わった古泉がそこにいた。 よう、古泉。悪いが服くれ。 「僕はこのままが興奮しますがね。残念ですよ。本当に。」 と言いながらジャージを俺に手渡した。 「こんにちは、長キャー!!」 しまった。遅かったか。急いでジャージを着る。 「では、始める。」 「待て。お前らは、消えて良いのか?」 「愚問ですね。僕は世界の味方です。偽りの世界ではなく、本来在るべき世界のね。 あなたがこのままこの世界の住人を希望するなら、力ずくで押し返してあげますよ。」 「わたしは、キョン君と涼宮さんが幸せになる未来が見てみたいな。」 「わたしもあなたが生存した世界を望む。わたしのために。」 みんな、すまない。俺は、お前らの希望する世界を創る。絶対お前らの期待を無駄にしない。 どんな困難も乗り越える。2人……いや、SOS団全員で。 「そちらの僕達に言って下さい。」 「大切な仲間を。」 「裏切るな。」 あぁ、伝えとく。 「ハルヒ。悪いがお別れだ。」 「いやよ。」 銀色の斬撃が走る。 俺は、間一髪逃れる。 「いやよ。ずっとキョンと一緒なんだから。」 どこから出したのだろう。ハルヒの手には、ナイフが握られていた。 「キョンはあたしだけのものよ。だれにもわたさない。」 これが俗に言うヤンデレというやつか。よくは、知らんが非常に怖い。 「猿芝居は止して欲しい。わたしの目は誤魔化せない。」 長門の一言に、ハルヒの手が止まる。 「あら、またバレちゃった。 いかにもあたし、いや、わたしは、涼宮ハルヒでありながら、朝倉涼子でもあるわ。」 どういう事だ。 「まず、朝倉涼子の能力を使い、情報制御空間を造る。 そして、涼宮ハルヒの能力を使い、空間内部を現実そっくりに構築したわ。 その時、涼宮ハルヒと朝倉涼子を同化させれば良い。 そしてこの空間が生まれたの。分かってくれたかな? それにしても、あなた達がわたしの予測通りに行動しなかったのは、誤算ね。 まだ力が上手く制御出来ないみたい。」 ハルヒの容姿をした朝倉涼子は微笑んでいた。 くそったれ。俺はこんな奴と2日間連んでいたのか。吐き気がする。 「……わたしは、あなたにここに居て欲しいの。」 またハルヒの起こす情報爆発とやらを観測する為か? 「今のわたしは情報統合思念体から外れ、一個人として動いてるの。もうそんな必要は既にないわ。」 「なら、何故こんな事をした。」 「あなたを守るためよ。」 「意味分かんねぇよ。守る?殺すとの間違えじゃないのか?」 「先にこれを見てもらおうかしら。」 部屋が一気に暗くなり、壁や床に映像が映る。 そこに映るのは、平和な日常。俺がいる。 「これはあなたが生存した場合の未来。」 映像はだんだんとスピードをあげ、早送り状態となる。 途中から少しずつゆっくりとなる。 「ふえぇぇぇ!?」 「朝比奈さん。見てはいけません。」 古泉が朝比奈さんの目を塞ぐ。 「こりゃあ……なんと………まぁ。」 グロ表現たっぷりの映像だった。俺も見るべきではなかっただろう。 風貌から見て、数年後。ハルヒは暴走する。 俺や宇宙人、未来人、機関の人々が止めに入るが俺は死に、全て無駄に終わる。 正気に戻ったハルヒだが、自分の行いに苦悩し、発狂。 再度暴走を始め、世界中の人々を巻き込む。その後、誰か知らない野郎にハルヒは殺される。 世界は改変され、俺達は蘇る。だけどそこにハルヒはいない。 世界は改変され、俺達は蘇る。だけどそこにハルヒはいない。 「これはわたしの計算が導き出した未来。」 「冗談だろ?」 「情報統合思念体も同じ考えのはずよ。」 もしや、今まで長門の親玉が黙ってたのは…… 「彼女が確実に起こす情報爆発を待ち望んでいるからよ。 あなたを殺すつもりは無かった。長門さんが助けに来る事や、わたしが消される事くらい分かってた。 それでも、あなたにはこんな未来を歩んで欲しくない。 対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースじゃなく、 あなたを想う『人』としての希望なの。」 「それでも俺は帰る。」 俺は、約束したんだ。こいつらと元の世界のハルヒに絶対帰ってやるって。 「ダメ、絶対。後悔するのはあなたよ?この世界で安穏と暮らした方が良いんじゃない?」 「ハルヒがいないこの世界で俺に何が出来る?止めるならお前をぶっ飛ばす。」 「……そう。分かっているの?今のわたしに勝てる人はいない。例え倒しても、同じ方法で再生するだけよ。」 「「長門さん!!」」 朝比奈さんと古泉が叫ぶ。 「僕達に任せて行って下さい。」 「ここは、わたし達が死守します。」 「無理。この空間はただの情報制御空間ではなく、空間の隙間に強力なファイアーウォールが張ってある。 これを破るには、涼宮ハルヒの能力が必要。しかし、彼女が抵抗する今、それは不可能。」 2人からは諦めの表情が見える万事休すか。 その時、俺の頭のどこかがプッツンと逝ってしまった。 なんで俺がこいつ等に人生を制限されねばならん。 確かにハチャメチャな人生も良い。良いがそれは人間の基本的な倫理観においての話。 自分の今後の生活を脅かし、死亡時期まで決められちゃ困る。うざい。非常にうざい。 とりあえず、目の前の朝倉が一番邪魔だ。 「どけぇぇぇぇ!!!」精一杯のパンチをお見舞いした。 朝倉は一瞬怯むが、すぐ体制を整え、俺の首を絞める。 「女性に手をあげるなんて最低じゃない?」 苦しい。呼吸が出来ない。俺は朝倉を睨む。 「残念ね。いっそのこと、今すぐ楽にしてあげるからね。」 機械のように笑っている。顔はハルヒだが、こんな表情はしない。 急に力が緩み、解放される。俺の顔に血潮がかかる よく見ると、朝倉の手が切断されている。 グロい。血が脈打つように吹き出てる。 「わたし達が守る。」 その瞬間、長門が俺の目の前に青白い半透明の膜を張る。 膜はちょうど部室を2等分し、片方に俺1人の状態。 「よく聞いて。」 朝倉の相手をしながら長門は話す。 「あなたに会えて良かった。あなたはわたしに任せる。あなたは、彼女を守って。」 「何言ってるんだ?」 「さようなら。」 「待て長門!!」 「流体結合情報凍結。」 終章へ
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「気配は4つ。1つがこちらに向かっている。あなたは隠れて。」 「残り3つはハルヒの方に行ったのか!? 古泉はともかく朝比奈さんとハルヒが戦える訳ないだろ!?」 「あちらに向かっている気配は2つだけ。大丈夫、 ――彼女は強い。」 ―― 「ハハッ、久々だな『雁ヶ音』!」 「何、みくるちゃん知り合い?いい歳して人形抱いてるわよ…ヤバいんじゃないの?」 「…『狩人』、ですか。人形遊びとパンジーの花壇を漁る事が趣味の危険な徒です。 涼宮さんは危ないのでここを動かないで下さい。」 「それは危険ね…末期だわ。」 「パンジーはいい…、醜い物を全て覆い隠してくれる。人間も、トーチも、そしてフレイムヘイズもな。 お前も俺の巨大パンジーに呑まれて消えていくがいい!!」 「――どうやらあなたも、私のお茶が飲みたい様ですね。」 ―― 「おや、これはこれは。えー…いや、…お久しぶりですね。 えぇと…あー、うん…、お久しぶりです本当に…」 「橘ですよ!何で忘れてるんですか!?あんまりです!!」 「すみません、悪意は無いんです。いや余りにも印象が薄かったもので。」 「おぉう…悪意が無い方が余程タチが悪いのです…、いやそんな事はどうでもいい! 今日こそ決着を着けさせてもらうのです!!」 「ほう…、灰色の世界で戦いに明け暮れて来た僕と、 セピア色の空間で淡い恋の妄想に耽っているだけのあなた。まさか勝てるとお思いですか?」 「ななななぜそれを!?…い、いやそんな事してません!! もう許せない!あなたを倒して、あのミステスは私達が手に入れるのです!!」 ―― フレイムヘイズがどうとかは置いといて… 「・・、・・・・・、・・、・、・・、・・・・。」 「――――、―――、―、――、―、――――、―。」 何この超絶バトル…。 「…っ。」 「――っ―。」 「長門、大丈夫か!?」 「…大丈夫、私は胸が無いのではない。成長期なだけ。」 「――私の頭―――毛筆――ではない――。」 「なに高速で女特有の陰湿な喧嘩してんだお前らァッ!!」 ―― 全く、どこに行ってしまったんだあの3人は。 それに何なんだろうここは。涼宮さんの閉鎖空間は灰色と聞いていたけど。 …まあ彼女なら何でもアリ、か? 「もしかして…あれが神人というやつかな?」 ―― あの巨人、前学校で見た…何で?あれは夢だったんじゃないの? 「キョン…!」 ―― 「神人…!」 あの厨2病サイキッカーは気付いてやがんのか!? まさか自分の仕事まで忘れちまってるんじゃないだろうな…!! 「ハルヒ…!!」 携帯のメモリーから000番を呼び出す。 ――通話中。 「…くそっ、こんな時に誰と話してやがんだあいつは!!」 一年前。嬉々としてアレに近づいていったハルヒの姿が頭をよぎった。 俺に何が出来るとも思えんが。…放ってはおけないか。 「長門、ハルヒがアレに近寄らんとも限らん。念のためハルヒを探してくる。 お前も早いとこそいつとの口喧嘩は切り上げて手伝いに来てくれ。」 「分かった。」 ―― 何で?何でアイツ街を壊してんの?人だっていっぱいいるのに。 何でみんな動いてないの?何なのよここ。 あたしは何であのデカブツに親近感を覚えていたんだろう?夢だからはっきりとは覚えてないけど…。 またビルを壊した…有希とキョンはどこ? 携帯のメモリーから000番を呼び出す。 ――通話中。 「…何でこんな時に話し中なのよあのバカキョンッ!!」 もしアレに有希が巻き込まれたら…もし、キョンが巻き込まれたら…。 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。見つけなきゃ、絶対に。絶対。 くそっ…なんであんな遠くにいんの!!どんだけ走らせりゃ気が済むのよ!! 不気味な光を放つその巨人。遠近感が狂う。どれだけ走っても近づいている気がしない。 足が重い……足が…。 息が上がる……体が、 ――熱い。 …………? 「なに…これ…?」 ―― 派手に壊してんなおい…。 「ハルヒーッ!!いんのかー!?」 この空間を覆い尽くす濁った赤色。 なんというか…本能的な危険を感じる。 有害な動植物が持つ警戒色、あれに似たものを。 一向に見つからないハルヒ。 履歴を出し何十回目か分からないリダイヤルを実行しようとしたその時――。 視界の端、遥か上空で封絶の色とは明らかに違う輝く赤色が目に入った。 「やっと来たか古泉。早いとこ片付け…、」 ………? 何か違う…アイツの赤玉はレーザーポインタみたいな色じゃなかったか? あれは赤というより…、 ――紅蓮? ズシャアァァァァァッ!! 派手な音と共に、頭頂部から正中線を通って股下へ。 一瞬にしてあの巨体が真っ二つに裂かれ崩れ落ちていく。 地面に降り立つ細身のシルエット。 炎髪灼眼、炎の翼。そして、 ――見慣れた黄色いカチューシャ。 その手に持つのは何とまぁ、 こいつ…、角材で神人ぶった斬りやがった…。 ―― 「なるほど。その調律というのを僕に手伝って欲しい、と。」 「はい、あなたが最適の様なので。大丈夫、危険はありません。」 「へえ、紅世の徒にフレイムヘイズ、そしてトーチ。大体の話は理解したよ。 …で、何をしている国木田。」 「いえ僕は、『儀装の駆り手』カムシン。これは『不抜の尖嶺』ベヘ…」 「分かったもういい。…はぁ、君もか。」 「手伝って頂けますか?」 「そんな事をしなくても元には戻るよ。 その前に、少し彼女に説教をしてこなければならないな…、僕は行くよ国木田。」 「いえ僕は『儀装の駆り…」 「――国木田。」 「……はい…。」 ―― 「目、充血してんぞ。」 「寝不足よ。」 「髪も真っ赤じゃねーか。」 「穏やかな心と大いなる怒りのせいね。週4でこんな感じだわ。」 大して疑問は持ってないんだな…いい加減な奴…。 まぁそっちの方が助かるか。 「朝比奈さんと古泉はどうした?」 「向こうでアホな事やってたわ。引っぱたいてでも正気に戻してやんないと。有希は?」 「あいつも同じだ。俺がやめさせてくる。」 「そう、分かった。じゃあ駅前集合ね。」 「……ハルヒ、」 「なに?」 「助かった。ありがとな。」 「う…うるさいうるさいうるさいっ!!」 ―― 「橘さん。」 「佐々木さん!?危ないので下がっていて下さい。必ずこいつを倒し」 ――バチンッ 「きゃうっ!!……あ…、え…??」 「君は以前言ったね、不安定な涼宮さんより安定している僕に力を移すべきだと。 それがこれは何だ?紅世の徒?好き勝手やって世界のバランスを崩す存在だそうだが。 この「ごっこ」がどんな影響を与えるのかは知らないが、言う事とやる事が逆だろう。 そろそろ正気に戻るんだ。君の仕事は僕の観察だろう?」 「あ…あれ…私何してたんだっけ…?」 「君もだ、古泉一樹。」 「え…?」 「君の仕事は涼宮さんのストレスを取り除く事だろう。 神人が出たというのにそっちのけで何をしてるんだ?」 「いえ、僕の仕事は紅…」 「僕に『地』を出させるな。」 「…はっ、はい……。」 「「(怖い…。)」」 ―― 「バカな…俺の花達が枯れて…!?」 「夏の昼間、花に水をやろうとして怒られた記憶はありませんか? 高い気温に温められた水が花を弱らせてしまうからです。 今のはそれと同じ。あなたの花壇にポットのお茶をかけました。」 「なんという奴だ…それでも女かお前!!花を愛する心は無いのか!?」 「それとこれとは話が別……あれ、涼宮さん?――きゃあぁ!?」 「……?」 「なんですか…?何で私水かけられたんですかぁ…?」 「そろそろ正気に戻りなさいみくるちゃん。犬耳透明スクール水着で町中歩かせるわよ?」 「…ふぇ!?」 「アンタもよ、パンジー男。」 「何…?」 「これ以上みくるちゃんにちょっかい出してみなさい。――摺り潰して再生紙工場に持ち込んでやるから。」 「…あ…、くっ……。」 「「(怖い…。)」」 ―― まだやってるよこの二人…。 「――、―、――――。」 「…、………、…………、…。」 「長門、切り上げろって言ったじゃないか…あんまり言う事聞かないようだと、 ――文芸部室にブックオフの出張買取呼んじまうぞ?」 (――ピクッ) 「お前もだ、周防なんとか。」 「――?」 「雪山の時のがお前かは知らないがな、長門やSOS団の連中に何かしてみろ。 長門のとは比較にならない程切れ味の鋭い言葉のナイフを食らわせてやる。生きるのが嫌になるかもな。」 「――!?」 「「(……――危険…―。)」」 ―― 駅周辺 「やあ、3人共。無事だったようだね。」 「はい…すいません…。」 「…悪かった…あまり記憶に無いが…。」 「――、――。」 「空間が元に戻っていくね。彼女も満足したみたいだし、結果良ければなんとやら、だ。 僕たちも帰ろうか。」 ―― 「どこかなぁ~、私の『贄殿遮那』~♪」 「ナイフの次は日本刀ですか…。刃物好きもそれくらいにして下さい。」 「いいじゃない、趣味があるって素敵な事よ。」 「女子高生らしい趣味を持ってください。それに残念ですが、 もう涼宮さん満足しちゃったみたいですよ。」 「そんな……。」 ―― SOS団が駅前に集合した直後、赤黒かった空間が正常に戻り始めた。 あんだけ大活躍すりゃそりゃ満足するだろうよ。 自分のストレスを自分で倒せるなんてたいしたもんじゃないか。古泉の為にも定期的に炎髪灼眼化して欲しいもんだ。 今回の事もハルヒの中では以前の学校の時のように夢オチで処理される事だろう。 ……される、よな…。 いや、しろ、ハルヒ……… ―――――― ――― ―。 数日後 「お、まだ長門一人か。」 「そう、古泉一樹は休み。」 ん?長門がハードカバーを読んでない。…嫌な予感がする。 「な、長門、今日は何読んでんだ…?」 「…読む?」 「いいのか?…じゃあ借りようかな。SF物か?」 「広義では、ミステリー。」 「…そうか、ミステリーなら割と好きだな。なんてタイトルなんだ?」 「ひぐらしのなく頃に。」 「それだけはやめてーーーーーーーーーーーーっ!!!」 おわり
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涼宮ハルヒの追憶 chapter.6 ――age 16 ハルヒは気付いていた。 でも、それを言ったらSOS団はなくなってしまうかもしれない。 そしたら、ハルヒ自身が楽しいことは行えなくなってしまう。 ハルヒはそれにも気付いていた。 そもそも、ハルヒの鋭さからいったら気付かないほうがおかしいんだ。 長門は知っていたのだろうか。 朝比奈さんも知っていたのかもしれない。 古泉だって本当は分かっていたのかもしれない。 そう、俺だけが気付いていなかった。 のんべんだらりと日々を過ごし、SOS団にそれとなく参加する。 それの繰り返し。 俺は何をしていたんだ? いいんだよな俺は? 傍観者でいていいんだよな? その夜、そんなことをベッドに入り考えた。 あまりに色々なことがありすぎて、落ち着くことができず、寝たのは明け方だった。 学校へと向かう上り坂。 最近の不眠の影響は俺の肩を上から押さえつけた。 俺の体調は最悪を超えて、すでに限界を迎えていた。 いつ倒れてもおかしくない、本当だったら一日中寝ていたいぐらいだ。 だが、家に寝ていることが一番の苦痛だってことは俺は分かっていた。 それは、俺の望む傍観者なのかもしれない。 でも、それでは一向にこの問題は解決せず、俺の目の前をちらつくんだ。 俺にはこんだけの経験を踏んで分かったことがある。 今回の事件は俺が解決することはおそらく不可能だ。 そんな俺が唯一できること。 それは、あの部室でみんなが帰ってくることを待つことだ。 そして、思いを馳せればいい。 みんなの苦しみを少しでも感じていたいんだ。 その思いの通り、俺は放課後部室へ向かった。 夕方の部室に哀愁を感じながら、パイプ椅子を取り出して、どっと座り込んだ。 後ろに飾ってある朝比奈さんの衣装達。 デフォルトのメイドさんに、映画祭の時のウェイトレス衣装や呼び込み用のカエルスーツ、 野球に出たときのナース服。 どれもすでに必要の無いものとなっていた。 その気持ちはあの時の公園に似ていた。 長門の指定席は空席のままで、目の前にはハンサムスマイル野郎もいない。 団長様も椅子にふんぞり返ってはいなかった。 でも、俺は待たないといけないんだ。 そのまま、俺は一時間ぐらいSOS団の思い出をめくっていた。 少しうつらうつらきていた頃、部室のドアが音を立てて開けられた。 ビクッと身体を震わせ、ドアの方を見た。 「ハルヒ……」 そこにはハルヒが真剣な顔をして立っていた。 春だというのに顔は汗ばんでいて、髪が顔に張り付いていた。 「キョン! 古泉君が……」 そこまで言うと、ハルヒはその場に崩れた。 古泉、お前は大丈夫だよな? どうしたんだよ? 「ハルヒ!」 俺はハルヒに急いで近寄り、ハルヒの肩をつかんだ。 「どうしたんだ! 古泉がどうしたんだよ?」 「古泉君が、怪我で、分かんないけど大怪我で病院に運ばれたって」 予想が当たってしまった。 「死ぬわけじゃないんだろ? どこの病院だ!」 「前にキョンが入院してた病院よ」 ハルヒはやけに小声で話した。 「いくぞハルヒ! 古泉のとこに行ってやらないと!」 「行きたくない」 「え?」 「行きたくない」 「なに言ってんだ! 古泉を見舞いに行かなくていいのかよ!」 「じゃあ、手つないで?」 ハルヒはうつむいたまま、俺に顔を見せようとしない。 「分かった。俺の手ぐらい貸してやる、だから古泉のところにいこう。 俺達以外の最後のSOS団団員なんだ。見守るのは団長の役目だったんじゃなかったのか?」 「うん」 「ほら、手を貸せよ」 そう言って、俺はハルヒの手を力強く引っ張った。 ハルヒの手はとても冷たかった。 「ちょっと、痛い! 強く引っ張りすぎよ!」 ハルヒは立ち上がると、俺に精一杯の笑顔を見せた。 「まったく、キョンのくせに生意気よ! 団長様が手をつないでやろうっていうのに、どういう考えなのかしら!」 と、ハルヒは笑顔から怒り顔にフェイスチェンジした。 「古泉君をお見舞いするわよ! 早く!」 そう言うとハルヒは突然走り出した。 そして、ハルヒは振り返って心からの笑顔で――そういう風に見えた――俺の手を引っ張った。 「待てよ、急に何なんだ! さっきのはなんだったんだよ」 「どうでもいいでしょそんなこと!」 そうして俺達は学校を出た。 俺とハルヒは手を繋いだまま古泉の待つ病院へと向かっている。 ひたすら無言で、春だっていうのに手が汗ばんでいた。 どこか気恥ずかしくて、手を離してしまいたがったが、 俺には手を繋いで欲しいと言ったハルヒの気持ちも少しだけ分かった。 ハルヒは怖いのだ。今、ハルヒははっきりではないが自分の能力に気付いている。 長門も朝比奈さんも消えてしまっていた(ハルヒにとっては転校と、嫌われた)。 それを自分のせいだと思っている。 そして、今回の古泉も自分が悪いんじゃないかと思っているのだろう。 不可抗力なのはハルヒも分かっているはずだ。 でも、それでも、責任を感じてしまっているのだろうか? 俺はそんなハルヒの冷たい手を温めているのが少しだけ誇らしかった。 俺は繋いでいる俺の左手を通して、ハルヒにかかる苦しさと寂しさが少しでも伝わって欲しかった。 「ねえ、キョン?」 ハルヒは俺を見つめてきた。 「なんだ?」 「古泉君は大丈夫よね? いなくなったりしないわよね?」 「不吉なことを考えんな、古泉なら大丈夫だ」 「そうよね」 そうだよ。それに、そんな暗い顔はお前には似合わねーんだよ。 どうすれば、元のハルヒに戻ってくれるんだ? 「ハルヒ、顔が暗いぞ、お前らしくもない」 「暗くなんかないわよ!」 ハルヒはムスッとした後、そのままうつむいたまま歩き続けた。 痛い。苦しい。 ハルヒは明らかに無理をしていて、それは鈍感な俺でも分かるほどだ。 「大丈夫だ」 俺が言うと、ハルヒは返事もせず黙って歩き続けた。 ハルヒは俺の手を強く握った。 病院に到着すると、俺は受付で看護婦さんに古泉のことを聞いた。 怪我は主に左足の大腿骨骨幹部(膝から上の太い骨)骨折で、 高所からの転落や高速度での自動車事故が原因で起こる重大な損傷らしい (らしいというのも、看護婦さんも原因がわからないみたいだ)。 その他にも踵骨(かかとのことだ)にヒビが入り、靭帯も損傷しているみたいだ。 運良く血管や神経の損傷は免れたみたいで後遺症が残ることはないらしい。 骨の位置を直す緊急手術はすでに行われていて、 この後は歩行のためのリハビリテーションが始まるらしい。 まあ、つまり、命に別状はなかったわけだ。 「よかった、古泉君なら大丈夫だと思ってたわ!」 ハルヒはほっと胸を撫で下ろし、やっと笑みを見せた。 「さっきまで暗い顔してたのはどこのどいつだ。 言っただろう、古泉なら大丈夫だって」 「バカキョンに言われたくないわ!」 ハルヒは満面の笑みで俺の手を引っ張った。 「行きましょう! 古泉君が待ってるわ!」 「まったく、お前は調子がいいな」 よかったよ。ハルヒが笑顔になって。 「やれやれ」 俺とハルヒは急いで古泉の寝ている病室に向かった。 「ハルヒ、すまんがもう手は離してくれないか?」 そう俺達はここまでずっと繋いだままだった。 「分かってるわよ! キョンが寂しそうだったから繋いであげていたのに! こっちの気持ちも考えて欲しいものね」 ハルヒは手を腰に当て病院だというのに怒鳴り散らした。 逆だろとは言わないでおこう。あとが怖そうだ。 看護婦さんから聞いた病室は俺がかつてお世話になったところだった。 無駄に広い病室でハルヒが一緒に寝泊りしてくれていたんだっけな。 ノックしてドアを開けた。 「古泉入るぞー」 俺はできるだけの笑顔で病室に入った。古泉の真似だ。 古泉はベットに横たわっていた。 いつもの如才のない笑みはなく、ただぼんやりと天井を見上げていた。 病室は簡素なもので、ベッドと小さなテーブルがあった。 階は最上階で、風の通りもよかった。 部屋の雰囲気は長門のそれと似ていて、無機質に感じられた。 「おい、古泉! 人が来たのになにぼーっとしてんだ!」 古泉はこちらを見ると、 「あ、お二人とも無事でしたか。よかった」 と言って、困ったような笑みを見せた。 「なにが無事でしたかだ、お前のが無事じゃねえだろうが」 「そうでしたね。当分動けそうにはありません」 「古泉君、安心して、副団長の座は帰ってくるまで誰にも明け渡さないから」 これがハルヒなりの最高の気遣いなのかもな。 「それはありがたいことです」 古泉はハルヒに微笑みかけた。ハルヒはそれに応じた。 だが、古泉の笑顔はいつもと違い、引きつっているように見えた。 「高いところから落ちたんだってな。受付の看護婦さんから聞いたよ。 『子供とホモは高いところが好き』って言うのは本当だったんだな。 都市伝説かと思っていたんだが」 重い空気を変えようとできるだけ鉄板ネタから入ることにした。 「ホモは余計です。僕は同性愛者ではありませんよ。 純粋に女性のことが好きです」 「古泉の女性の趣味って気になるな」 と俺は気にもならないことを言った。 でも、沈黙のままでいるのは苦しすぎた。 「女性の趣味ですか。そうですねえ、涼宮さんみたいな人ですかね」 「と、突然何を言い出すんだ! いるんだぞハルヒはここに!」 「みたいな人といっただけで涼宮さんではありませんよ」 古泉は少し困ったような表情を浮かべた。 「そ、そうよ! 団員同士の恋愛は硬く禁じられているのよ!」 ハルヒは腕を組みながら、顔をあさっての方向に向けて言った。 というか、なんだその反応はハルヒに恥ずかしいなんて感情あったのか? そんなことを思っていると、古泉が俺を真っすぐ見据えていることに気付いた。 「ん、どうした?」 「いえ、なんでもありません。それはそうと、涼宮さん。 一階に行ってジュースを買ってきてくれませんか? 団長に頼むのも悪いのですが、お願いします」 「えー、なんで? キョンに行かせればいいじゃん。 雑用係はキョンって決まってるのよ?」 古泉は俺と二人で話したがってる。 おそらくハルヒには話せないことなんだろう。 古泉がハルヒにお願いすることなんてありえないし、 それに古泉はさっきから俺をずっと見つめ続けていた。 「お願いします」 古泉は強く言った。ハルヒに対する初めての意見だ。 「しょ、しょうがないわね! 今回だけよ! 古泉君が怪我してるからだからね!」 「すまん、ポカリ頼む」 「ちょっと! なんであんたの分まで買ってこなきゃならないのよ!」 「お前らの分は俺がおごってやるから、それで勘弁してくれ」 「すみません、僕もポカリスウェットでお願いします」 「もう!」 俺はポケットに入っている財布から千円札を抜き出し、ハルヒに渡した。 ハルヒは俺から引きちぎるように奪って、肩を怒らせながら病室を出て行った。 「行ってくるわよ!」 「やれやれ、ジュース買いに行かせるのにどれだけかかるんだよ」 「まったくです」 古泉はデフォルトの笑顔を見せた。 「時間がありません、始めましょうか。 涼宮さんが帰ってくるまでに話し終わらなければ」 「やっぱりか。なにか話したそうだったもんな」 「やはり分かりましたか。 でも、あなたが分かったということはおそらく涼宮さんも分かったことでしょう」 「そうだろうな」 そして、古泉は天井を見つめたまま話し始めた。 「まず、あなたには謝らなければなりませんね。 部室で突然殴りかかって申し訳ありませんでした。 あの時は僕も精神的に限界だったんです」 「いや、それはいい。俺も悪かったからな。 それはそうと、お前が精神的に限界とは珍しいな何かあったのか?」 「荒川さんが亡くなられました」 古泉はそう、事務的に伝えた。 「は? 荒川さんが? どうしてなんだ?」 「理由は僕と同じです。高所からの転落です。 ……というのは半分は本当で、半分は嘘です」 「で、本当の理由はなんなんだ?」 「少し長くなりますが」 「かまわん。続けてくれ」 古泉は白い天井を見つめたまま息をふうっと吐き出すと、 ゆっくりと一語一句聞き取れるよう話した。 「閉鎖空間でのことです。 その日涼宮さんの機嫌は大変悪く、最大級の閉鎖空間が生まれました。 そうですね、大きさとしては関西全域といったところですか。 その日というのは、長門さんが消えた日のことです。 僕達『機関』のものはほとんど総出で『神人』狩りに行きました。 当初はいつも通り、アクシデントも無く無事に終わると、 おそらく全員が思っていたことでしょう。規模が大きいだけだと。 閉鎖空間内に入るとその楽観的な思考はいっぺんに吹き飛びました。 いつもの灰色の空間ではない、薄暗く、『神人』だけが光るものでした。 ただ、それだけなら予定通り『神人』を倒してしまえば終わりです。 でも、そうはいかなかったんです。 『神人』は僕らを排除するかのように、暴力性を増し、明らかに強くなっていました。 安易に飛び込んだ者は叩きつけられて、死にました。 僕の隣には荒川さんが浮かんでいました。 荒川さんの顔は見て取れるほど怒りに満ちたものでした。 そして、僕自身も怒りというか、憤怒というか、 そうですねやるせなさと無力感、突撃してはやられていく仲間たちを見続ける悔しさ。 僕達『機関』の者はいわば戦友のようなものです。 そういえば分かってもらえますか?」 古泉はここまで話すと、俺の方を見て微笑んだ。 俺は古泉の語るその話に圧倒されていた。そこには明らかな意思があったからだ。 「ああ、分かるよ」 古泉はまた天井を見つめ、続けた。頬には涙がつたっていた。 「僕は強くなった『神人』に対して恐怖を感じ、その場から動くことができませんでした。 しかし、荒川さんは仲間を助けるために飛び込んでいきました。 無常にも『神人』によって一撃で叩き落され、底の見えない暗闇へと落ちていきました。 僕はそれをただ見つめていました。もう、赤い球体の数は二、三ほどのものでした。 その直後、僕は激しい嘔吐感に襲われ、吐きました。 頭がふらふらして、そのまま意識を失いました。 そして目覚めると、この病院だったわけです」 「そうか」 「後で聞いた話によると、その時残った者は閉鎖空間内から脱出したそうです。 そして僕も助けられ、一命を取り留めたわけですね。 閉鎖空間は拡大する一方でした。 あなたと部室で会った後、僕は再び閉鎖空間に向かいました。 『神人』が弱体化していたら、という淡い期待を抱くことで自分を保ちました。 僕はあの時見た『神人』が頭の中でフラッシュバックして、僕の中に居続けました」 古泉はそこでまた息を一つふうっと吐き出した。 「それは怖かったですよ」 古泉は俺を見て笑顔を見せた。 「閉鎖空間に入ると、前回と同じ、薄暗く、どこか陰鬱とした空間が僕を包みました。 『神人』は暴走を続けていました。 ただ、あなたが見たときと違い、街があるわけではありません。 『神人』は破壊の対象がないため、街を破壊するのではなく、 空間自体を破壊しようとしていました。 あまりの既視感に僕はまた意識が朦朧としてきていました。 どうしようもありませんでした。 僕はまた意識を失っていき、深い、深い、底へと落ちていきました。 薄れゆく意識の中で、その空間に僕達とは違う存在が飛び回っていることに気付きました。 『神人』でもなく、『機関』のものでもない別の存在がね。 あれはなんだったんでしょう。 そして僕はそのまま、底の見えない暗闇と同化していきました」 「これで僕の二日間にあった出来事は終わりです」 「そうか」 「また気がついたら病院にいました。 僕は何もできませんでした。僕は無力なんです」 「古泉、お前は無力なんかじゃないぞ。 何もしないでただぼんやりとしていた俺なんかよりずっとな」 そうなんだ、古泉は守ろうとしていた。 俺は何をしていた? 長門からただ逃げて、朝比奈さんに抱きしめられても何も答えられず、 ハルヒが苦しんでいても何もしてやれない、最低の男だ。 「ありがとうございます。その一言で僕は救われます」 古泉は笑った。俺はどんな顔をしてる? 「このぐらいでいいなら何度でも言ってやるぞ」 「もういいですよ。あなたに褒められるのもこそばゆいですから」 と言って、古泉はまた笑った。 「時間が無いので、次にいきましょう。今までのは僕の話です。 これから話すことは涼宮さんのこと、そしてSOS団についてです」 「頼む、俺は知りたいんだ」 「分かりました。では今回の事件についておさらいしましょうか。 現在、涼宮さんの能力は収束に向かっています。 理由は分かりません。残った『機関』の者が調査しています。 閉鎖空間は今もって存在し、強靭な『神人』によって、 空間は指数関数的に拡大し続けています。 長門さんを始めとするTFEI端末は減少し続けています。 朝比奈さんら未来人も一斉に帰還しました。 これらから分かることは何でしょう?」 「何も分からん」 実際に分からない。なぜハルヒの能力が収束しているのかだって? 「実は昔からいろいろな疑問が生じているのですよ。 なぜ涼宮さんはあの能力を持ち、そして行使することができるのか。 そして能力の元となるエネルギーはどこから来ているのか。 前にも言いましたよね。この世界の物理法則は保たれたままだと。 物理法則で一番大事なものはなんでしょう?」 こんなの俺でも知ってる。 「質量保存の法則かな」 「そうです。この世界にあるものは保存されるという、 ごく単純な理論がすでに破綻してしまっているのです。 では、涼宮さんがどこからエネルギーを持ってきているのか。 昔から『機関』内では論争が続いていました。 ある人は涼宮ハルヒがすでに内在していたものだと言い、 またある人は涼宮ハルヒは現人神なのではないかと言いました。 そして僕はそのほとんどがくだらない、馬鹿げたものだと考えていました。 人は人である以上、神のことを考えることはできないからです。 ですが、ただ一人、そう荒川さんの意見だけが僕の心に引っかかりました。 涼宮ハルヒの能力の元はこの世界とは違う、 パラレルワールドから引き出されたものではないか? 『機関』内では無視されましたが、 僕はこの意見がとても気に入りました。 『機関』がほぼ壊滅し、そして能力が収束していっている今なら、 この荒川さんの意見が正しいものだったと僕は声を大にして言えるでしょう」 「俺にはまったく分からないが」 古泉は俺を無視して続けた。 「パラレルワールド。つまり、異世界のことです。 この世界とは時間も空間も違う存在。 これだと、全ての辻褄が合ったんですよ!」 古泉は少し興奮しながら言った。 俺は妙に『異世界』という言葉だけが気になった。 それ以外は全く理解できなかったが。 「どう辻褄が合うんだ?」 「まず、これを裏付ける証拠として、 長門さんが涼宮さんの能力が収束している理由が分かっていないのが挙げられます。 宇宙的存在であるはずのTFEI端末が分からないもの、 それはこの宇宙外の話なのではないでしょうか? 次に、朝比奈さんもそうです。 未来が分かるはずの朝比奈さんが帰らなくてはならなかったのでしょう? 帰った理由は簡単です。時間をワープすることができなりそうだったからです。 そもそも、タイムジャンプはこの時代の科学者ですら否定的な意見です。 ではなぜ、可能だったのか? 涼宮さんの能力の発現によって、 タイムジャンプが可能なほどの時間の揺らぎが生じたと考えるのが妥当でしょう。 そしてその能力が収束している、つまり時間の揺らぎは減少していったのでしょう。 そのため、緊急で帰還することを選んだのでしょう。 ここに矛盾があります。未来が分かるはずの未来人が帰ったのか。 それはこの後起きることがこの時間軸とはまた別の時間軸の出来事なのでしょう。 つまり、異世界での出来事なのではないかと」 「理屈は分からんが、 とにかくその異世界というのはハルヒが望んでいたことなのは確かだ」 「そうです。それが第三の証拠です。 未だ現れない異世界人。これも前からの疑問ですね。 でも、僕はおそらく異世界人であろう人に会いました」 「さっき言った、閉鎖空間で見たって人か」 「その通り。閉鎖空間に他人がいるのはおかしな話ですよね。 そう考えると、あれは異世界人だったとしか思えないのです」 「なんでいるんだろうな?」 「これも推測ですが、こちらの世界に来ようとしたのではないかと」 「ハルヒに会うためか?」 「わかりません。ただ、分かることが一つだけあります。 涼宮さんが能力を発するたびに、 この世界のエネルギーは増え、あちらの世界のエネルギーは減少します。 これは何を意味するでしょう?」 「なんだろうな」 「あちらの世界が不安定になる、これだけは明らかです。 今回の能力の収束はこれに由来するのではないか。 あちらの世界が不安定にならないように、涼宮ハルヒに対抗してきた。 こう考えてみてはどうでしょう。 そして、こちらの世界とあちらの世界を繋ぐもの。 それは、閉鎖空間なのではないかと。 今回の閉鎖空間は今でも拡大を続けている、史上最大のものです。 そのためあちらの世界と繋がり、異世界人がやってきたのではないかと、 そう僕は考えるわけです。以上です、長くなってすみません」 「いや、いいよ。全く分からなかったが、妙に説得力があった」 そう、俺は全く分からなかった。 だが、一生懸命に語る古泉はとても格好よく見えたし、 俺はただ相槌をうつだけだったが、なんとなく伝わった気がした。 「あ、あと一つこれは涼宮さんには言えませんが、 僕は彼女を非常に憎んでいます。 それも殺してやりたいぐらいにね。 でも、涼宮さんは悪くないんです。だから、苦しんです。 閉鎖空間は彼女の心そのものです。 そして、僕達を排除しようとしたのも、殺そうとしたのも彼女です。 僕達『機関』の戦友たちは涼宮ハルヒに殺されたんです」 古泉は俺をじっと見つめながら笑った。 俺はそれに恐怖を感じ、狂気を感じた。 静まる俺と古泉の病室に、外から女性の声が突然聞こえた。 「あの、中入っても大丈夫ですよ?」 ガランッ。 何かが落ちる音共に、人が駆けていく音が遠くなっていった。 もしかして。 「もしかして、ハルヒが聞いていたのか?」 「そうかもしれません。でも、これでいいのかもしれません」 「バカ野郎! 殺したいなんていわれて平気でいられるやつがいるか!」 「早く追いかけないんですか? 涼宮さんは僕ではなく、あなたを待っているはずですよ」 古泉は嫌な笑みを浮かべた。 「分かってるよ! くそっ! どいつもこいつもなんなんだ!」 病室のドアを開けると、角のへこんだポカリスウェットが3つ転がっていた。 みんなで飲むつもりだったんだろう。 俺はその一つを病室のテーブルに置き、 古泉に「早く直せよ。ありがとな」と言って病室を飛び出した。 病院で走るわけにもいかず、歩いてハルヒを探した。 一階まで降りると、ハルヒは自販機の横のベンチに座っていた。 顔を両手で覆っていた。 近づくと、肩を震わせ、声にならない声で泣いていた。 「聞いてたのか?」 「……うん」 ハルヒはひどく詰まった声で答えた。 「どうしよう、古泉君にも嫌われちゃった。もうSOS団は解散ね」 「そうかもな」 俺はハルヒの右側に座って、地面を見つめた。 「あたしね、あたしだけで生きていけるように、頑張っていたの。 でも、みんなと出会って、楽しくなってた。 今まで全部一人でやって生きてきたのに、みんなといるのが楽しくなってたの。 でも、でもね。あたしは大切なものができるのが怖いのよ。 大切なものはいつか別れる時来るの」 いつか別れる時が来る。 俺は自分の中で繰り返した。それは朝比奈さんが話したことでもあった。 「だから、あたしは友達なんて作らなかった。 それより一人で生きていったほうが楽だし、強くなれるもの。 その分努力もした。でも、あたしは寂しかったのかもしれない。 宇宙人とか未来人とか超能力者とか全部人ではないものを求めてた。 だって、その人たちとは別れが来ないかもしれないでしょ? 楽しいだろうなってのは本当。でも、それは表面上の理由。 あたしはまた手に入れて、また失った」 ハルヒ。言ってくれるのは嬉しいんだ。 でもな、ハルヒ。俺はまだお前を受け止める自信が無いんだ。 「あたし、古泉君に殺されるのかな? あたし、いつのまにか殺人者になってたのね」 ハルヒは泣き続けていた。ハルヒの泣き顔はとても綺麗だった。 ハルヒ。ごめん、何も言えなくて。 ハルヒ。 「バカ。お前は殺されないし、殺人者でもねーよ」 「キョンが言ったって、意味が無いわ」 確かに気休め程度のクソみたいに陳腐な言葉を並べて、 ハルヒを慰めることができるか? できねえよ。 「分かった。何も言わない。 ただ、ポカリスウェットは飲んどけ。 時間が経って冷えるとまずくなるからな」 俺がへこんだ缶を手渡すと、ハルヒは力なく受け取り、膝の上で持った。 俺はもうひとつの缶を開け、一気に飲んだ。 そして左手でハルヒの右手を取り、ゆっくりと握った。 ハルヒの右手は震えていて、ひどく冷たかった。 二十分ぐらいたっただろうか、 突然ハルヒは立ち上がり、ポカリスウェットを一気に飲み干した。 「ぷはっー!」 お前はおっさんか、というツッコミをする暇もなく、 「帰るわよ! キョン! こんなとこいても無駄だわ!」 「おい、突然どうしたんだ?」 「帰るって言ったのよ、聞こえなかったの? もう、家に帰りましょ。暗くなってきてるし」 「あ、ああ。じゃあ、帰るか」 戸惑う俺を横目にハルヒは缶用のゴミ箱に空き缶を投げ入れると、 俺の手を引っ張った。 病院を出ると、空には月だけが輝いていた。 俺達を照らすのは街灯の光と、行きかう車、建物から漏れる白い光だ。 隣にいるハルヒは泣いてすっきりしたのか、急に機嫌が良くなっていた。 SOS団でのハルヒと同じはずなのに、不自然なのはどうしてだろう? もうすぐ駅に着く。その間俺達は手を離さなかった。 無言のまま歩き、つながっている手だけをしっかりと握った。 春の夜風が心地良い。肌寒いぐらいのそよ風が頬を撫でた。 もうすこしでさよならだ。 虫達も息を潜める、そんな静かな深い夜だった。 突然、後ろから大きい足音が聞こえるまでな。 それは一瞬のことだ。 突然に後ろで人が走る音が聞こえて俺が振り返ると、 そいつはやたらと大きなナイフを胸に構え、俺たちに突進してきていた。 「※※※!※※※※※※※※※?※※※※※※※!」 訳の分からない奇声を上げながらものすごい勢いで突っ込んできた。 「危ない! ハルヒ!」 「え? なに?」 俺はハルヒを引っ張り、倒れるようにしてそいつの一撃を避けた。 なんなんだ? 俺達はいつ暗殺者に狙われるようになったんだ? 避けられた謎の暗殺者はすぐに切り返し、俺たちを見つめた。 かなり大きい男? 「※※※※※?」 訳が分からない。何語を喋ってるんだ? 俺の英語の成績ぐらい調べといてくれ。 とりあえず立ち上がらなきゃ! このままだと逃げられん! 「※※※!」 またそいつは突っ込んできた。まずい! 逃げられん! しかし、ハルヒがナイフを突き刺そうと突っ込んできた暗殺者の手をタイミングよく蹴り、 ナイフを吹き飛ばした。 そのあとハルヒは左足で暗殺者の膝辺りを蹴り、そいつは横に倒れた。 「まったく! その程度であたしを狙うなんてバカ丸出しだわ!」 ハルヒは立ち上がるとそう叫んだ。 だが、そいつもすぐに立ち上がり、背中からさらに大きなナイフ? いや、もう剣といってもいいぐらいの長さの刃物を取り出し、 ハルヒに向かって一直線に刃物を突き立てた。 まずい、近すぎる。避けきれない! ハルヒをかばおうにも間に合わず、目をつむってしまった。 目を開けると、ハルヒに突き刺そうとしたナイフを右手でつかみ、 手を血だらけにした、短髪の少女が立っていた。 「長門、だよなお前?」 そう、そこには消えたはずの長門が立っていた。 「有希なの?」 「そう」 暗殺者はガクガクと震えだし、ナイフの柄から手を離した。 「今は時間が無い。事情の説明は後」 「情報連結解除開始」 そういうと、あの日と同じようにナイフがサラサラと分解していった。 「※※※!※※※※※※!」 そいつはいきなりうめき声のようなものをあげると、長門を睨み付けた。 長門は高速で何か呪文のようなものを呟いた。 「――――パーソナルネーム―――を敵性と判定。 当該対象の有機情報連結を解除する」 「※※※※※※※※※※※※!」 「んっ!」 目の前で謎の言葉の言い合いが行われていた。 長門はその内容が分からなくて、暗殺者は何語かも分からなかった。 が、突然暗殺者は消え、俺は呆然とその様子を眺めていた。 「逃げられた」 長門は俺達のほうを振り返り、そう言った。 右手からはおびただしい量の血が流れ出ていた。 よく見ると、少し悔しそうにも見えた。 「有希!」 突然ハルヒは長門に抱きついた。 「有希! どうしたの? 転校したんじゃなかったの? 大丈夫なのその右手」 そういうとハルヒは頭のトレードマークを解いて、長門の右手首を縛った。 「これで、少しは血が止まると思うわ」 ハルヒはにっこりと笑って長門を見つめた。 「ああ、有希。ありがとう、あたしを助けてくれたのよね?」 「そう。右手の損傷もたいした事無い。今、直す」 長門はまた高速で呟くと、長門の右手は徐々に塞がっていった。 「すごい!すごい! どうやったらそんなことできるの?」 ハルヒは目を輝かせて長門を見つめている。 そんなハルヒと長門を見ている俺は無様に尻もちついたままなんだがな。 って、おい! ハルヒの前でそんなことやっちゃっていいのかよ! 「問題ない。あなたたちを守るために再構成された。 記憶も何もかも全てそのままで」 「有希!」 ハルヒはまた長門に抱きついた。 「よかった。有希が戻ってきてくれて。 でも有希は人間じゃないのね? もしかして宇宙人?」 「そう」 「当たりね。その右手首に付けてるやつはあげるわ! あたし達を守ってくれたお礼よ!」 「分かった」 ハルヒに抱きつかれてる肩越しに、長門は俺を見つめた。 「なんだ?」 「そろそろ」 「なに―――」 「キョン君ー! 涼宮さーん! 無事でしたかぁー?」 遠くから愛らしい声が聞こえた。 やれやれ、そういうことか。この団専用のエンジェルがお出ましだ! 俺は立ち上がり、手を振ってその声に答えた。 ハルヒもその声に対して大声を上げ、手を振って答えた。 朝比奈さんは息を切らしながら俺達のところにたどり着くと、 「よかったぁー。殺されちゃうかと思いましたよおぉ」 と言って、可憐な涙を拭った。 「ばかねぇー。あんなんであたしが死ぬわけ無いでしょ?」 ハルヒはそういって、朝比奈さんを抱きしめ、頭を撫でた。 顔は困ったような、嬉しさを隠せない様子だ。 「でもでもぉ。本当に危なかったんですよぉ? 長門さんが遅かったらって思うと……」 「大丈夫よ。あたしはここにいるし、キョンもあそこでぼけーっと突っ立ってるでしょ?」 いや、普通に立ってるだけだがな。まだ動悸はおさまらないが。 「みくるちゃんは未来人なのよね?」 「そうです」 って、おい! 朝比奈さんまで認めてるんだよ! 古泉の話をどこまで聞いたか分からんが、ハルヒも信用しすぎだろ。 「てことは、古泉君は超能力者ね。キョンはただの一般人ぽいし」 まあ、俺もすぐに気付いたがな。 それより聞いておかなきゃならないことがあるな。 「ところで長門、さっき襲ってきた人は何者なんだ? ここの国の人ではなさそうだったが」 俺は平然と立っている長門に尋ねた。 「この宇宙ではない宇宙から来たもの。 通俗的な用語を使用すると、異世界人にあたる。 この宇宙空間には存在しないため、我々情報統合思念体も把握できていなかった。 でも、今回対象はこの世界に突然に現れ、明らかな意思を持って行動した」 「明らか意思か」 「そう、彼の意思は『涼宮ハルヒを殺す』ことだけ」 ハルヒは朝比奈さんとじゃれあっていたのをやめ、長門の話に集中した。 「そうなんです」 朝比奈さんは唐突に割り込んだ。 「この時間軸上に存在しないはずのことだったんです。 でも、突然現れて、緊急に出動要請が出たんです。 涼宮さんの命が狙われているって。今回は光線銃の携帯も許可が下りました」 そう言って朝比奈さんは腰につけていた光線銃を取って、俺達に見せてくれた。 ハルヒはそれを興味深げに見ると、朝比奈さんから奪い、俺に打つ真似をしてきた。 あぶないからやめなさい! 子供じゃないんだから! ハルヒは銃を下げると、 「とにかく、あたしの命を狙ってる異世界人とやらがいるわけね。 そいつらは危険なの?」 長門はハルヒをじっと見つめると、 「とても危険。我々情報統合思念体でも勝てるかどうかは微妙。 でも、彼らにも弱点がある。この世界では、こちらの物理法則に従わなければならない。 これからあなたはわたしや朝比奈みくると一緒にいることを推奨する」 長門は俺の方を向くと、 「あなたも、わたしたちとともにいなければ危険」 俺もか。 「そう、文芸部の部室に泊まるのが一番安全。 あの空間はちょっとした異空間になっていて相手も攻め込みにくい」 「部室? そこで泊まるのか。ばれたらまずいんじゃないのか?」 「大丈夫、情報操作は得意」 確かにお得意だろうがな。 はあ、一般人だったはずの俺がいつのまにか暗殺者に狙われるまでになったか。 「部室でお泊りか、なんか楽しくなってきちゃった! もっといろんなもの持ち込まないと!」 ハルヒは乗り気だがな。 「わたしもいっぱい準備しなくっちゃ!」 朝比奈さんもだいぶ乗り気のようで。 そして俺は気付く。なんであの部室はあんなに生活できるまでにものが溢れていたのか、 実はこのためだったのかもしれない。なんてな、偶然だろ? 「これでSOS団も復活ね! 今日の夜から部室でお泊りよ!」 「はぁーい」 朝比奈さんの愛くるしい声が月夜に舞う時、長門は細い光を放つ街灯を見つめながら頷いた。 やれやれ、好きにしろよ。 もう。 「SOS団はやっぱりこうでなくっちゃ!」 仁王立ちするハルヒの叫び声が、肌寒い春の夜に響いた。 chapter.6 おわり。
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ハルヒが誘拐された。 犯人は俺に4つの鍵を集めればハルヒを返すといった。 鍵というのは、SOS団の他のメンバーのことらしい。 つまり、SOS団が揃えばいいということらしい。 とりあえずハルヒを取り戻したい。そういう思いで俺は長門のマンションを訪ねた。
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翌日。 例によって体よく休日のみ体感できる究極の怠惰を満喫していた俺だったが、予想通り夕方になって「NO NAME」なる人物から電話がかかってきた。 何も知らず、いきなり「NO NAME」という人物から電話がかかってきたら俺は恐怖しちまうだろうな。 なんせ、そんな名前で電話番号を登録している知り合いは一切いないのだから。 『・・・話は聞いていると思う。7時15分に、長門有希が住んでいるマンションの入り口に来てくれ。以上だ』 誰だったのか、なんで長門の家の前だったのかとかはまあいい。ということでとにかく自転車をころがして急行した俺だったが、指定時間より幾分早く到着してしまった。 ま、既に古泉と長門は居たので良かったが。オフクロに外で食べる、とか言っちまった所為で腹が減った・・・ 「同じく。準備すらしていない」 「僕もです。ことが済んだらどこかに食べに行きましょう。奢りますよ」 ありがたいね副団長。 「ともかく、あと5分程度時間があります。電車でも見て時間を潰しますか?」 生憎俺は電車を見て時間を潰すような技を会得していない。 そういや長門、私服なんだな。 「?休日だし」 ・・・そうだよな。まぁ、私服というか部屋着のようで、某有名メーカー製のジャージの上下を着ていた。中々似合ってるぞ。 「・・・ありがと」 ぽっ、と頬に朱を入れる長門。何かが俺のハートを貫き通さんとしていたが、俺は必死にそれを跳ね除ける。 ・・・しかし、萌えますね。 「・・・僕には萌」 「黙れ」 「やれやれ」 「確かに良い男なのかもしれん。だがな、俺にそんなことをアピールされても困る」 「アピールはしてませんよ。主張はしていますが」 同じことだろうが。 ともかく黙れ。 「・・・」 ジャージの長門はそのビー球みたいに澄んだ目を、駅に繋がる道のほうへ向けている。 「何か来るのか?」 「・・・というより、来た」 ・・・ああ、来たな。 笑顔が似合うロングヘアの天使だ。 まだかなり距離があると言うのに、こちらに気がついた鶴屋さんはぶんぶんと千切れんばかりの勢いで手を振りながら全速力で走ってくる。 なにやら紙袋を持って。 「やっほー!キョン君、ゆきんこ、古泉君!!元気してたかい?」 あなたに会ったらどんな病人だって一瞬にして元気になっちまいますよ。 俺たちの前にくるなり、ぴょん、と飛び跳ねた鶴屋さんは 「ほっほー。それはあたしを口説いてるのかいっ?ははぁ、君もなかなかやるなぁ!」 ぽりぽりと頭をかきながら大笑いする。 ハルヒもこういう風な性格だったら完璧だったんだけどなぁ。 「それよりっ!これ、なんかしらないんだけど、君達に持っていけって言われたからもって来たよっ!」 なんだか知らないけれど・・・って、あなた爆弾だったらどうするんですか。 「大丈夫!金属探知機かけてあるから!」 ・・・そうですか。 「なら、安心です。僕が受け取りましょう」 ほいさっ、と鶴屋さんは古泉に紙袋を渡し 「じゃ、あたしは用事があるから帰るにょろ!まったね~!」 そういい残して鶴屋さんはもと来た道をステップまじりの競歩という妙な歩き方で帰っていった。 ある意味ハルヒ以上に騒がしい人だよな。あの人。 魅力的だぜ。 「・・・」 「それより、この紙袋ですが・・・」 と長門の三点リーダーを押しのけるように、古泉が紙袋を掲げる。 「結構重いです」 神戸風●堂の紙袋だな。ゴーフルでも入ってるのか? 「入っていたら入っていたで嬉しいんですが、それはないでしょうね。 だな。あの人のことだ。 例の謎の棒だったりしたら、それはそれで面白いんだが、重さ的にそれはないだろうな。 「・・・さ、ファミレスかどこかにいきましょうか?詮索は後回しです。お腹がすきました」 「そうだな。近くのサイゼリ●か何処かで良いだろうが・・・」 「うちにくる?」 俺の背後の小さい陰がぼそりとつぶやいた。 「いいのか、二人で押しかけて」 「昨日のカレーがまだ残っている。早く処分したい」 春だからそんなに日持ちもしないし、と付け加えた。 「どうします?僕は大賛成ですが」 「ああ、俺も大賛成だ」 そして俺は再び長門家にお邪魔することとなる・・・ 「クリスマスに訪れたきりだったのですが、この変わりようは・・・すごいですね」 と通されたリビングで、辺りを見回しつつアイスコーヒーを飲みながらつぶやいた古泉。ちょっとしたスペクタクルですね、とでも言うかと思ったが、そこまで達していなかったか? 「まぁ、ある程度は予想していましたしね」 グラスのしずくを指でなぞりとりつつ、古泉は 「正直、あれほど長門さんが変容してしまうとは思っていませんでした。人格ごと変わってしまったといっても過言ではありませんよ」 「嫌か?」 「いえいえ、僕は以前より意思疎通がしやすくなった上、社交的になった今の長門さんのほうがいいかな、と思っています。ただ、・・・この長門さんがずっとこのままである、 という保障は何処にも無いという事を、一応頭の片隅にでもおいといた方が良いかもしれません」 とスマイル古泉。 どういうこったいそれは。 無意味ニヤケに若干皮肉の色を滲ませて 「人は変容の動物です。いつ何時どう変化するかは判りませんよ?」 「それは宇宙人にも適用できると思うのか?」 「・・・さあ。ただ、僕はですね―――」 「ごめん!野菜が無い!サラダは出せないけどいい?」 ビクッと俺とスマイル青年の肩が揺れた。 ・・・大丈夫だ。例によって台所の影からだ。まあ、ハルヒなんかよりよっぽど神様らしい彼女には聞こえていたかも知れんが。 「別にいいよな?古泉」 「ええ。むしろ僕は温野菜派でして」 とよくわからんことをほざきやがったがまあ良い。 「別にいいぞ!こっちはお邪魔してる身だ、お前の思う通りにやってくれ!」 「わかった!」 と長門は台所の影から返答した。 「・・・まあ、何れ。今はまだ早すぎます。何をするにしても。ひとまず目の前の懸案事項を片付けましょう」 一応同調しておくかな。 「あれ?昨日と味が違わないか?長門」 「おやおや、昨日もお邪魔していたんですか。貴方も隅に置けませんねぇ」 黙れホモ。 「昨日、ちょっと煮込みすぎて濃くなってしまった。水とカレー粉とガラムマサラと若干のおからを足した。そしたら・・・味が変化した上昨日と同じ量になってしまった」 ドジッ子ながもん。いや、それくらいのヘマは誰だってしそうだ。 「そう?」 「だと思いますよ。・・・しかし、美味しいですね。長門さんのカレーは」 「そう。ありがとう。今度はスープカリーに挑戦してみようと思う」 ・・・お前、もしかして毎晩カレーとかいわないよな? 「それはない。ちゃんとハヤシライスやビーフシチューも作る」 似たようなもんだろ。肉じゃがは作れるとか言ってたが、それも極論をいうとビーフシチューの延長線上のものだ。 「・・・!私の料理のレパートリーが少ないと?」 むすっとする長門。目を見る限り本気で怒ってはいないな。 「・・・わかった。こんど来た時に、あなたが『ユキ様、一生付き従わせていただきます!』と土下座するような料理を作る」 おいおい・・・古泉は笑うな。 「長門さんの手料理フルコースっていうのも食べてみたいですね」 「・・・がんばる」 なんだか長門の雰囲気が一瞬、新妻のそれになったのを俺は見逃さなかった。 良いお嫁さんになるぜ。こいつは。 俺が保障してやる。 ・・・それにしても長門、食べるの早いな。 「・・・」 何か俺はいけないことを言ってしまったのか。 長門が睨んで来た。 「・・・冗談だよ」 「・・・そう」 こいつにも何かメンタリティというものがあるんだろうか。 「・・・だって私、女の子だもん」 ぼそっとつぶやいた。 そうだよな。 「・・・それより。そろそろ本題に入ろうと思う。キョン、さっきの紙袋かして」 早食い女王長門は、まだカレーを食ってる途中の俺がよこした重めの紙袋を受け取り、中身を取り出・・・ 「どうした長門」 「・・・」 長門、顔が赤いぞ。 「・・・これ」 と長門が引っ張り上げた、紙袋の中身。うん?ハルヒと書かれた透明なビニールぶk・・・ ・・・ ・・・ ・・・・・・ 三点リーダーが支配する世界に、リビングは瞬時に変化した。 「・・・こ・・・こ・・・れは・・・」 「・・・下着」 見りゃ判る。女モノの下着だ。ご丁寧にブラジャーとパンツがセットになって入ってやがる。 おまけに、数セット入っていやがる。 「・・・まだある」 赤面長門はさらに紙袋からビニール袋を取り出す。また下着のセットだ。袋には「みくる」と書かれてある。 赤面しつつもそれらを引っ張り出した長門はまだ紙袋を覗き込んでいた。 まだ何か入ってるのか? 「・・・手紙が底に貼り付けてある」 べりっ、と音を立てて破き、開く。 「・・・『ハルヒと書かれたビニール袋には、涼宮ハルヒの下着(使用済み)が、 みくると書かれたビニール袋には、朝比奈みくるの下着(使用済み)が入っています。 キーワードは『匂い」です。 これをどうにかすることで涼門みるひは分裂、元の二人に戻ります。 下着自体は大きな声でいえないような方法を使用して調達しました。 他言無用です。ご健闘をお祈りします』・・・・・・・・・・・・・・」 おいおい破くな長門! 「・・・皆大きい」 「何が」 「・・・胸」 そんぐらい情報操作とやらで大きくすれば良いだろう。 「・・・自身の身体情報にかかわる操作は、認められていない・・・グスッ」 泣くな、泣くな長門。 「おっぱいのおっきいやちっさいで人は判断されないぞ!落ち着け! おっぱいで人を判断するのは良くないことですよ~って言うじゃないか!」 「・・・でも、貴方は巨乳好き」 そういうわけじゃない!って古泉までなんで落ち込むんだ! 「・・・って言うのは冗談」 ・・・ガクッ、と首を思い切りもたげた俺。 っていうかあんまり冗談に見えないような顔だけどな。実際なんか目から出てるし。 「・・・目から汁」 そうかい。 「ともかく、何故これが我々に渡されたんでしょうね?」 とホ泉、違った古泉。 キーワードは匂い、って何だ? 「嗅いでみる?」 「俺は警察犬でも麻薬探知犬でも災害救助犬でもまさお君でもない」 「・・・ひとまず、嗅いでみて」 ・・・長門、お前これの匂いを俺が嗅ぐってのがどういう行為か、判るよな? はたから見れば変態だぞ? いやはたから見なくても変態だぞ? 「あなたがえっちなのは今に始まったことじゃない」 ・・・はぁ。 判ってる。俺はエッチ魔人だよ。 思いっきり嗅いでやる。過呼吸になるまで吸い込んでやるぞ。 というわけで俺は自分の頬をぱんと叩いて己を奮い立たせ、まずは「みくる」と書かれたビニール袋の攻略から着手することにした。 「・・・」 という長門の熱くてなんか痛い視線を一身に浴びつつ、袋を開いて・・・ おっと、これはなんだ。これ・・・ほのかな香水の匂いか? 俺は意を決し、その下着の詰め込まれたビニール袋の中に頭を突っ込む。 ・・・ ・・・・・・俺・・・あれ?・・・ここ・・・天国・・・ ・・・ハローこちらテンゴク・・・あれ・・・意識が・・・ ・・・ハッ! 「キョン・・・変態・・・最低」 長門にこんなことを言われる日が来るとはね。 でもな、お前が嗅げって言ったんじゃないか。 「・・・もう一つ」 ほれみろ。また嗅ぐのか俺が。 「・・・あなた意外に適任者は居ない」 「古泉は?」 「・・・彼はあなたのようなノンケではない」 ・・・。 まあいい。 そもそも嗅ぐという行為にどういう意味合いがあるのかは不明だが、ひとまず「ハルヒ」と書かれた袋の攻略を開始することにした。 先ほどよりさらに熱く鋭く痛くなった長門光線を浴びつつ、袋を開いて・・・?はて。何も匂って来ないな。 これは顔を突っ込むべきか突っ込まざるべきか・・・ まあ長門がやれといってるんだ、やるべきだろう。 ハルヒ、怒るなよ? 俺はハルヒの下着の山に顔をうずめた。 ・・・? これは・・・かすかな石鹸の匂いと、あとなんだろう・・・甘い匂い? あいつは香水なんかつけてないから、これは・・・肌の匂いだろうか。 ・・・なるほど。これは女の子の匂いだ。 うん、多分そうだろう。 しかしまあ、なんと心地よい・・・あのハルヒからは想像できない匂いだな。 正直このまま埋もれてしまいたかったが、長門光線が殺人光線に変わりつつあることを俺の背中が察知し、ほぼ反射的に俺は起き上がった。 「・・・」 長門の視線が痛い。っていうかいつの間にお前俺の隣に居るんだ。 「・・・今」 ・・・そうですか。 って長門さん、何をされているんですか。いきなりジャージを脱ぎだして・・・インナーのシャツをたくし上げ、 ブラがあらわになり、長門は俺の顔をそれに押し付・・・ 「・・・長門?」 「・・・貴方は二人の匂いを嗅いだ。だから、私の匂いも嗅がないとおかしい」 なにがおかしいんだ。 「・・・色々」 「やれやれ、あなたも隅に置けませんね」 ああ、俺も今実感したぜ。 長門の匂い。石鹸の匂いと、なにやら甘酸っぱい匂い。そして他の二人のと違うのは、体温があるという事。 長門、ありがとう。俺今最高に幸せだ。 「・・・えっち」 ああ、おれはえっちだとも。変態だとも。それでいいんだ。ありのままの自分をさらけ出すことこそ、この成熟された人間同士の社会の到達点なんだ。 「・・・何を言っている」 俺の眼前1センチのところにある長門の朱に染まった肌とブラジャー。・・・Aカップか? お、フロントホック。外して良い? ・・・直後、俺の後頭部を打撃が見舞い、景色は暗転する・・・ ―――キョン―――キョン? ―――――キョン キョン―― 「このまま寝ていると僕が後ろの穴をいただきますよ」 「ア●ルだけは!ア●ルだけはぁっ!!!・・・って」 ・・・ここはどこだ? うん、布団・・・いやこれは長門の家のコタツ布団だ。 ということは俺は長門の家に居るらしい。 「・・・長門?」 心配そうな顔で長門が俺の顔を覗き込んでくる。 ・・・ああそうか、俺は気を失ってたのか。 「・・・どれくらい失神してた?」 「5分程度。・・・ごめんなさい。まさか気を失ってしまうとは」 「何、お前の肌のぬくもりと良い匂いで気を失ったようなもんだよ」 とか言ってみると、長門はみるみる肌を赤く染め、ついでに俺から視線をそらし、俯き加減の顔とともに視線をクッションにうずめた。 可愛いなぁもう。 「・・・それより」 クッションに顔を埋めながら長門は 「・・・ひとまず私はこう考える」 「何をだ?」 「・・・彼女が下着をよこした理由」 まあ俺がもっと幸せになるように、ってよこしたわけじゃあるまいしな。 「これを彼女に見せるか匂いを嗅がせることで、元に戻る可能性がある」 「どういうことだ?」 長門は未だに頬を朱に染めながら 「人間の感覚器官は5つ・・・”カン”も含めるなら6つだけど・・・存在する。けれど、一番負う所が大きいのは、主に視覚と嗅覚。 特に嗅覚については、他の動物ほど優れていないとは言っても無意識に匂いを追い求めることが出来る。だから・・・」 「どうするんだ?」 長門は一瞬考え込んだようなそぶりを見せる。 「・・・みるひの鼻先に二人のパンツでも突きつけるのが望ましい」 ・・・仮に分離したとしても後が怖そうだ。 「やってみる?」 「やるしかねぇだろう」 他に手段が見つからないんだしな。 「さて、僕はそろそろ帰ります。涼宮さんがいないので閉鎖空間も発生しませんし、 今日も良く寝れそうです。あ、長門さん、カレーご馳走様でした。美味しかったです。それじゃあ」 と言ってガチホモ古泉は出て行った。精々英気を養っておいてくれ。 お前に突撃させるかもしれないしな。 というわけで例によってまた俺と長門がこの空間に残されたわけだが・・・ それはそうと長門。 「何?」 まだ赤いな。 「そ・・・そんなこと」 そんなことあるぞ。 「まあそれよりだ。休み明けみるひの眼前にパンツを突きつけることになるんだろうが、勝算はあるか? 正直昨日みたいに『よくわからん謎の力』で押さえつけられそうな気もするんだが」 「大丈夫。昨日のは準備が足りなかった。ビジュアルステルスフィールドを使用して接近し、突きつける予定。 いざとなったら周囲の時間を凍結する。だから大丈夫、安心して」 まるで子供をあやすような表情で俺に語りかけてきた。 まぁ長門がそういうんだから大丈夫なんだろう。 「・・・でもな、失敗してもまた腰は抜かすなよ?」 「・・・ああ、あれは、その・・・」 急にもじもじし出す。俺もそろそろ長門の弄り方が判ってきたぜ。 「そういやお前って何か積極的だよな」 「そ、そう?」 「いきなり脱ぎ出して胸に俺の頭押し付けるなんて、多分ハルヒでもしないぜ?」 「あ、あ、あ、そ・・・その・・・わ・・・忘れて?」 「嫌だと言ったら?」 「・・・『君がッ!泣くまでッ!殴るのをッ!止めないッ!』」 わかった、わかったから。 長門に殴られたんじゃ死んじまう。 「・・・冗談」 ふふっと長門は笑い、俺の胸に頭を埋めてきた。 長門らしくない、不確かで、しかしながら心地よい余韻を持たせた言葉を紡ぎながら。 「・・・私は、一線を越えてしまうことは出来ない。だけど、あなたとこうしてじゃれ合う事は出来る。・・・だから、お願い。 今の私を受け入れて。あくまで二人目、三人目・・・としての」 「・・・としての?」 一瞬間を置いて長門ははっとして俺の胸から顔を上げ、さらに顔を赤らめ、 首を飛ばさんばかりにぶんぶんと首を横に振り、 俺の目を見てさらに顔を赤らめ・・・ 朝比奈さんみたいだな。 「落ち着け、長門」 俺自身も長門のスタンスは良く判っているつもりだ。 観測者としての長門。俺同様ハルヒの添え物としての団員にして、決してハルヒより前に出てはならない”存在”。 だが、鈍感な俺もうすうす感じている。 こいつは俺に、一種の恋愛感・・・いや、長門に限ってそれはない・・・か? まあ仮にそうだったとしても、第一俺に長門に対する恋愛感情はないし、それにハルヒ・・・ いやいや、何であんな迷惑の顕在化みたいな女が出てくるんだ。やばいぞ俺。 ともかくだ。 これだけは言えるぜ。 「長門、今のお前すんごい可愛かったぞ」 長門は鼻血を噴出してぶっ倒れた。 前 次
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二人と別れた俺は、おそらく一人しか中にいないであろう部室へと向かう。 今まではずっと不安だったが、とりあえずハルヒに会えることが嬉しい。 いつものようにドアをノックしてみるが、中からは返事がない。ハルヒはいないのか? 恐る恐る俺はドアノブに手をかけ静かにドアを開けてみる。 『涼宮ハルヒの交流』 ―第五章― 「遅かったわね」 ……いるんじゃねえか。返事くらいしろよな。ってえらく不機嫌だな。 「当然よ。有希もみくるちゃんも古泉くんも、用事があるとかで帰っちゃったし。それに……」 ドアの方をビシッと音がしそうな勢いで指差す。 「なんでか知らないけど部室の鍵が開きっぱだったし」 あっ、すまん。それ俺だ。 などとはもちろん言うことはできない。 「なんでだろうな。閉め忘れたとかか?」 キッ、と睨まれる。まさかばれてんじゃないだろうな。 「おまけにあんたは……」 俺が何だ? 「なんでもないわよ」 何だ?わけがわからねえぞ。まさか『俺』の方が何かしたのか? とりあえずやることもないが、立っているままもどうかと思い、いつもの椅子に腰を降ろす。 なんか落ち着かねえ。緊張してるのか?俺。まぁ実際ずっとハルヒに会いたかったわけだからな。 「で?」 顔を上げると、ハルヒがこっちをじっと見ている。 「で、って?」 「なんか言いたいことでもあるんじゃないの?そんな顔してるわよ。 いつも言ってるでしょ。言いたいことを言わないのは精神衛生上良くないのよ」 言いたいことねえ。あるにはあるんだが、なんと言えばいいやら。 「ああ、そうだな。とりあえず昨日の昼は悪かったな」 「昼?何のこと?」 ハルヒの頭の上に?マークが浮かんでいる。 「いや、だから昨日の昼につい……」 ちょっと待てよ。ひょっとすると、昨日の俺の昼間の出来事はないことになっているのか? そういえば古泉も昨日は閉鎖空間は発生してないようなこと言ってたし。 「あんた、あたしに何したのよ」 ハルヒはじとーっとした目でこちらを見ている。 「いや、お前にはわからないかもしれないな。まぁそれでもいいさ。謝らせてくれ」 「………」 「昨日は少し言い過ぎた。つまらないことで怒ってしまって悪かった」 そう言って軽く頭を下げる。 「………」 ハルヒは話は聞いているのだろうが、何も喋る様子はない。 というよりも、おそらくはこの状況がわかってないんだろうな。 俺は椅子から立ち上がり、ハルヒに近付き、ハルヒの正面に立つ。 「けど、お前にとっては確かにつまらないことかもしれないが俺にとっては大事なことだったんだ。 ……なんでかって言われると少し困るが、たぶん俺はお前のことが――」 「違うわ!」 ハルヒは声を荒げて俺の言葉を遮る。 ……違う?何がだ? 「どういう意味だ?何が違うってんだよ」 「何がって、言う相手が違うに決まってんでしょ。それはあたしに言うことじゃないわ」 は?どういう意味だ?ますます意味がわからん。 「お前は涼宮ハルヒだろ?じゃあ間違ってないじゃないか」 じゃあ他の誰に言うんだ?長門か?朝比奈さんか?それとも古泉か?いやいやそんなわけあるか。 「そうだけど、あたしはあんたの思ってる涼宮ハルヒじゃないのよ」 何を言ってるんだこいつは?ハルヒはハルヒだろ? 「何の話だ?お前はハルヒだけど違うハルヒだとでも言うのか?」 「そうよ。だってあんたはあたしの知っているのとは違うキョンなんでしょ?」 ――ッ!?何でだ?何でわかる? 「どうして知ってるんだ!?」 ハルヒは得意満面といった笑顔を浮かべる。 「あたしに知らないことなんかないのよ!」 嘘吐け。 いや、待てよ。俺がここにいるのがこいつの力によるものなら知っている可能性もあるのか。 「ていうか一目瞭然よ。このあたしがまさか自分の好きな男を間違えるわけないでしょ?」 ……今なんてった? 「ちょっと待ってくれ。てことはお前は『俺』、というかあいつとそういう仲なのか?」 「そういうってどういうよ。今はあいつからの告白待ちね。でもあいつヘタレなのよね」 おい、ひどい言われようだぞ、『俺』。 それにしてもやっぱり俺が知っている世界とは微妙に違うみたいだな。これは違うハルヒだ。 「だからあんたはさっきの話は元の世界に戻って、そこのあたしにしてやりなさい」 なんだって?元の世界?どういうことだ?俺に帰る場所があるのか? 「無駄に質問が多いわね。仕方ないから説明したげるわ。ここは簡単に言うとパラレルワールドってやつ? あんたから見ると異世界ってことになるのかしら。あたしからすればそっちが異世界だけど」 じゃあ、ハルヒの言ってることが確かなら俺は元の世界からこの世界に飛ばされて来たってことなのか? 飛ばされて来たっていうかこいつに引っ張ってこられたんじゃないか?いや、そうだろ。間違いない。 古泉、長門、お前らの推理は大外れみたいだぜ。やれやれ、ドキドキさせやがって。 とにかく、俺にはまだ元の居場所に帰れるってこてなのか?でも、それなら、 「なんで俺はここにいるんだ?」 「そんなの知らないわよ。あ、別にあたしの力であんたを連れてきたわけじゃないわよ」 このハルヒの仕業じゃないってのか?……じゃなくてそんなことより、 「お前……自分の力を知ってるのか?」 「まぁ薄々はね。正確には良くわからないわ。いちおうみんなには知らないふりで通してるけど」 確かに、古泉も長門もそんな話はしてなかったような気はするが。 二人ともハルヒには自覚がないってことを前提に話してたよな。確か。 これはまずいんじゃないのか?いや、でも特に危険なことは起こっていないみたいだし。 「別にあんたが心配することじゃないわよ」 まぁそりゃそうかもしれんが。 「他のみんなのことも知ってるのか?」 「みんなのこと?ちょっと普通じゃないっぽいなー、くらいにしか知らないわ」 「そっか、まぁそれでいいと思うぜ。ちなみに俺は至って普通な――」 「ま、そんなことはどうでもいいわ。帰りたいなら元の世界に戻ったら」 くそっ、またこいつは俺の話を……。それにそんな簡単に言われてもなぁ。 「それが出来りゃ苦労はしてない」 「そうなの?帰ろうと思えば帰れるはずよ。少しくらいなら手伝ってあげるわ」 何だって?そんなことまで出来るのか?出来るのならぜひとも頼みたいものだが。 「そんなこと出来るのか?そのためには俺はどうすりゃいい」 「どうって、帰りたいんでしょ?帰ればいいじゃない」 ダメだこいつ……。全く会話にならん。俺の話ちゃんと聞いてんのか?聞いてないんだろうなあ。 まぁ会話にならんのはいつものことか。 「あのなぁ。だから、どうすりゃ帰れるのかって話だよ」 「知らないわよそんなこと。帰りたいって思ってりゃ帰れるのよ」 こいつはまた無茶苦茶言ってるし。 「仕方ないからヒントをあげる。昔の人は言ったわ。Don t think,feel.よ」 いや、全くわからん。とりあえずこいつ適当なこと言ってるだろ。 てことは考えてもわからんってことか?わかりそうにはないが。なら勘で動いてみるか? それとも時間が経てば勝手に帰れるのか?だったらいいな。 「まぁいい。なんとかするさ。無事に帰れることを祈っててくれ」 とは言ってみたもののどうすればいいやら。 「ぶっちゃけ言うと返そうと思えば返せるのよね。具体的にどうするとは言えないけど」 こいつはまたとんでもないことを言い始めた。 なんだと。じゃあ今まででの会話は一体なんだったんだ? というか俺の扱いが物みたいになっている気がするんだが、気のせいか?気のせいだよな? 「このままでも面白いかなと思ったけど、本気で帰りたいみたいだから帰らせてあげるわ それに……向こうからも呼び出しがかかってるみたいだし」 ハルヒがそう言った瞬間、俺の後ろ、ドアの向こうから気配を感じる。 うわあ、本当に気配って感じるものなんだな。……なんて感心している場合じゃない。 これは、ハルヒか? 「ハルヒが……呼んでる?」 「そうね。向こうのあたし。っていうか向こうのあたしってホントに無意識で力使ってんのね」 変なところで感心しているハルヒを後ろに、俺は自分の世界の気配をはっきりと感じていた。 この世界ともお別れか。たった一日だが、かなり長い時間過ごした気がするぜ。 少しばかり名残惜しいな。 「色々と世話になったな。助けてくれてありがとよ」 「別にいいわ。たいしたことはしてないし。もうちょっとあんたで遊びたかったけどね」 あんたで、ね。やれやれ、勘弁してくれ。 その言葉とは裏腹に寂しそうな表情を浮かべるハルヒを見ていると、それも悪くないと思えるから不思議だ。 だが、かといってここにずっといるわけにはいかない。 「すまんな。気が向いたら『俺』にももう少し優しくしてやってくれよ」 「気が向いたらね。……あ!」 突然何かを閃いたのか、ハルヒが急に異常なほど嬉しそうな顔を見せる。 「どうした?」 「……ん、なんでもないわよ」 おいおい、そんな顔でなんでもないってことはないだろ。何を企んでんだか。 まぁおそらくは『俺』が何らかの苦労をするんだろうなあ。頑張れ、『俺』。異世界から応援してるぞ。 「じゃあそろそろ帰るわ。あ、そういえば一つ頼みがあるんだがいいか?」 「頼みによるわ」 「俺がお前に正体をばらしたことはできたら内緒にしておいてくれ。特に長門には」 「別にいいけど。なんでよ」 当然だが不思議そうな顔で聞いてくる。 「いや、ちょっと大見得きってきたからな。かなりカッコ悪いことになってしまうのさ」 今になって思い返してみるとかなり恥ずかしいこと言ってた気がする。いや、言ってたはずだ。 「わかったわ。けどどうせ何したってあんたはたいしてカッコ良くないわよ。」 「へいへい、わかってるよ」 ドアの前まで来て首をひねり背中越しにハルヒに顔を向ける。 「じゃあな。案外楽しかったぜ」 じゃあな。こっちの『俺』、古泉。もう会うことはないかもしれないが元気でな。 長門。お前の期待には答えてやれなかったな。すまない。俺にはまだ帰れるところがあるみたいなんだ。 朝比奈さん……は会ってないけどお元気で。 ハルヒからの返事も聞かず、ドアに手をかけ、一気に開ける。 するとドアの向こうにあるはずの廊下は見えず、全身が真っ白な光に包まれる。 何も見えん。 意識があるのかないのかもはっきりしないまま、後ろからハルヒの声が微かに聞こえた気がする。 「じゃあ、―――でね」 最後にハルヒが何と言ったのか、最後までは聞き取れなかった。 いや、聞こえてはいたのだが、意識が朦朧としていたせいか、はっきりと理解できなかった。 おそらくは別れの挨拶だろう。じゃあな、もう一人のハルヒ。 そして俺の意識はゆっくりと薄れていく。 ……ような気がしただけだった。 目の前には同じように白い景色が浮かんででいるが、これは……天井? 「ここは……どこだ?」 わけもわからないまま、口からはとりあえず口にすべきであろう言葉が溢れる。 「おや、お目覚めになりましたか」 ◇◇◇◇◇ 第六章へ
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「没ね」 団長机からひらりと紙がなびき、段ボール箱へと落下する。 「ふええ……」 それを見て、貴重な制服姿の朝比奈さんが嘆きの声を漏らす。 学校で制服を着ているのが珍しく思えるなんて我ながらオカシイと思うが、普通じゃないのはこの空間であって、俺の精神はいたって正常だ。 「みくるちゃん。これじゃダメなの。まるで小学校の卒業文集じゃない。未来の話がテーマなんだから、世界の様相くらいは描写しなきゃね」 ハルヒの言葉に朝比奈さんが思わずびくりと反射するが、ハルヒは構わず、 「流線形のエレクトリックスカイカーが上空をヒュンヒュン飛び交ってるとか、鉄分たっぷりの街並みに未来人とグレイとタコとイカが入り混じってるとか。そーいうのがどんな感じで成り立っているのかをドラマチックに想像するの。将来の夢なんかどうでもいいのよ。それにドジを直したいだなんてあたしが許可しないわ。よってそれも却下」 グレイは未来の人間だって説もあるんだから、下手するとその未来は単に魚介類が陸上歩行生物に進化しただけの世界になるかも知れんぞ。まあ、どうでもいっか。 ハルヒは朝比奈さんに対し一通りダメ出しを終えると、ふてぶてしく頬杖をついてピッと朝比奈さんの指定席であるパイプ椅子を指さし、そこに戻ってもう一度やり直しという指令を無言で示した。 「うう」 朝比奈さんがカクンとうなじを垂れる。 それはハルヒの電波な未来観にへこまされているわけじゃあなく、いや実はそれもあるかも知れないが、今はもっと別の理由が考えられる。それはリテイクの厳しさを三倍程度にしちまう理由だ。 指示を受けてずるずると定位置へと引き返す朝比奈さんの後姿を見送りながら、ハルヒは団長机をパシンと叩き鳴らし、 「ちょっとみんな! 今回はノルマも少ないし、ページ数だってやたらになくてもじゅうぶんなの! 気張りなさい!」 俺はやや不機嫌なトーンを呈したハルヒの叱咤を半身に受けながら、パソコンを挟んで対面している古泉へと鋭利にこしらえた視線をありったけ突き刺し、それを受けた古泉は苦笑しながら、予想外でしたという陳謝を俺にアイコンタクトにて返信する。 しかし、これまた困ったことになっちまった。 ハルヒの腕章に黒マジックでしたためられた文字が今は何を表しているのかもう分かっている頃だと思うが、現在の涼宮ハルヒの役職は編集長である。 それはまさに肩に書かれているだけで、自称以外の何者でもないのは既に周知の事実であろう。 とゆうか、打ち上げ花火のような事件のときに作ったその布切れをよっくぞまあ今まで保管しといたもんだ。俺としてはそれが再び陽の目をみることなく、そのまま日に焼けない様に永久保存されといて欲しかったね。今からでも遅くないぞ。ついでにSOS団の皆が抱えてるトラウマも一緒に凍結しといてくれ。 「……それも良いかもね」 カチリ、何か良からぬものを踏んじまった音がした。 幻聴であって欲しいと俺の耳は切に願ったが、 「そうだわっ! SOS団の偉業を未来人に知らしめるために、あたしたちの功績を遺産として残すのよ! 今回の詩集だってもちろん入れなきゃね!」 俺の目は、今にも花びらが炸裂しそうなハルヒスマイルを映していた。 「何にだよ」 わかっちゃいるがな。一応。 「タイムカプセルに決まってるじゃない!」 ハルヒは色めきたって、やけに懐かしいワードを口に出した。 まあ正直なところ、俺もその計画自体に物言いをつけようとは思わん。が、それにはこれから書かされるであろう詩集は入れないぜ。 「なんでよ?」 「なんでだろうな」 そんなもん決まってる。他動詞的に作られたポエムがまともな形を成すとは思えんからだ。 それに前回の機関誌ならハルヒの論文が未来人にも有用だそうだからまだいいものの、今度の詩集ばっかりは後世の人間が見たところで「こいつぁクレイジーなヤロウだ!」とかいった驚嘆句しか出てこないだろう。未来に欧米かぶれがいるかは知ったこっちゃないが、無駄な驚きで寿命を無為に減らすのは気の毒である。なので、出来上がった詩集は俺が墓場まで持っていこうと思う。 「…………」 ――何だか長門の無言が聞こえた気がした。気のせいか? 「ってゆーか、そんなことを話してる場合じゃないでしょうが!」 ハルヒが不機嫌を取り戻す。それもやるけど、と続けて、 「みくるちゃんは受験生だし、あたしたちもボヤボヤしてらんないでしょ。学校があわただしくなる前に今年分の会誌は急いで仕上げないと困るの! これにつまずいてる様じゃ、これから先の団の活動に支障がでちゃうじゃないっ!」 一見まともなことを言っているようだが、よくよく考えればSOS団本位でしかない主張を団長もとい編集長はがなりたてている。 ――と、ここで一度、現在の俺たちの状況を整理しておこう。 場所はもちろんSOS団本部兼文芸部室である。 時の頃をおおまかに言うと、朝比奈さんが受験生なので俺たちは高校二年生ということになり、もう少しばかり掘り下げると一学期の初頭で、その時期に俺たちは二回目の機関誌の製作に取り掛かっているってわけだ。 我らが北校の学校方針から考えるにそれだけでも十分全員が忙しい身の上であることは想像するに難くなければ、朝比奈さんにとっては未来に帰りでもしない限り、この世界で生きていく上で至極当然にリテイクを重ねられている暇などない。 更に悩みの種となっているのが、今回の機関誌の企画である。 詩集だって? 冗談じゃないぜ。 そんなら前回の小説の方が幾分マシだったねと言えるもんだ。 それに古泉、こないだまで俺たちゃあ結構奔走してただろうが。イベントのスパンが短か過ぎる。 俺の視線に込められたそんな訴えを古泉は受信し、窮したように顔を苦ませる。なにか含む所がありそうだ。 ついでに俺たちがどんな奔走をしていたかと言えば、俺の旧友である佐々木との再会、そしてSOS団とは別種の異能、異性質な輩たちとのいざこざや、長門の病気だ。 長門が学校を病欠したとき、一時は天蓋領域とやらの侵攻を受けたのかと心配したのだが、本人いわく只の風邪だったらしい。そうは言っても、長門がウイルスですらも無い下等な雑菌に敗北を喫すること自体異常事態であるのに違いないのだが。 しかし何も知らないハルヒからしてみればそれは正常な状態異常でしかなく、俺たちにも懸念を抱く以上のは出来そうになかったので、長門には一般的な病人に対する普通レベルの介抱を行うことにした。 皆の心配を一身に受ける長門は、 「何か食べたいもんでもあるか?」 「お寿司」 などといった要求はしなかったが、心なしか、守られる側に立った状況を存分に味わっているようだった。 そしてハルヒは泊まり込みで看病するとガヤいだのだが(俺もそれには賛成だったが)長門の強い希望により、俺たちは日付が変わる前には渋々と部屋を出ることとなった。 そして何故か帰宅の途につけという要求は朝比奈さんに対して特に強かったようで、 「特に朝比奈みくる。あなたは早く帰って」 という言葉も賜った。 ……流石にショックだったせいか、次の日の朝比奈さんの挙動はかなり変だった気がする。 しかしまあ、既に出揃っている特殊な奴らは倍になったというのに、一向に異世界人は姿を見せんもんだ。 とは、俺が異種SOS団との諍い時に漏らしてしまった、会いたいという願望とは違った意味の言葉だ。 そのときの俺の言葉に対し、古泉は「もしかしたら、既に異世界人は僕たちと邂逅を果たしているのかも知れません」ときた。どういうことかと尋ねれば、 「異世界人は、異世界に存在することによってその定義を満たします。しかし、例えば未来人は時間を操作することよって、宇宙人は未知の知識によって、そして僕などは超能力の行使によって己の存在をより明確なものにしますが、異世界人はただ異世界から訪れたというだけで、僕たちにとって普通の人間以上の存在には成り得ない可能性があります」 もっとも、それが一般的な人類ならばの話ですがね。と続けて、 「なので、むしろ既にこちらの世界には別の世界へと渡る能力を持った者が存在し、そしてその者は、僕らの関知し得ない世界でSOS団に尽力しているのかも知れません。今の僕たちが存在するのも、その人物が異世界で頑張ってくれているからなのかも知れないのです」 つまり異世界人は異世界で頑張っているということなんだそうな。 どっちにしろ推察の域を出ない話だし、仮に現実だとしてもそれは認識の外だ。 まあ、もしそれが本当なら、一度は会ってみても良いかも知れん。 何だかんだいって、俺はハルヒが作ったSOS団とこの生活を気に入ってるんだからな。 そして異世界人が俺たちと同様同等の苦労をしているであろうことは身を持って分かることなんだし、俺が感謝の意を唱えてその苦労をねぎらっても悪くはあるまいて。 っと、話が脱線気味になっちまった。その軌道修正も兼ねて、少し時間を遡って今回の事の起こりから辿っていってみることにするか。 それでは回想列車、レッツゴー。 ……… …… … 放課後の文芸部室。佐々木たちとハルヒ以下俺たちとの一件も多少の落ち着きを見せ、俺たちSOS団全員が比較的普段通りの活動に従事していたときだった。 コンコン。 「失礼する」 扉をノックする音が聞こえたと思いきや、返答を待たずにすらりと長身な眼鏡の男とそれに伴う女性、つまり腹づもりの黒い生徒会長と喜緑さんが部室へと進入してきた。 「なにしに来たのよ。なんか文句でもあんの? 勝負事なら喜んで受け取るけどね」 生徒会からSOS団に対する文句などは重々にあるだろうし、勝負を受諾されても困る。 「ふん」 会長は入り口に立ったまま、 「君に対する苦言なら山のように持ち合わせているが、生憎そのようなものを言い渡しにこんな辺境までやって来る程私は暇ではないのだ。今日こちらへ足を運んだのは他でもない。一つ気になることがあるものでな」 「なによ。言ってみなさい」 ハルヒの方が偉そうなのは毎度のことだ。 「どうやら文芸部には新入部員が居ないようだが、その分で今年度の文芸活動は一体どうするつもりなのかね?」 「は?」 とは、俺の口をついて出た言葉だ。 ……以前にも、生徒会から文芸部的な活動を求められたことはあった。 それは文芸部およびSOS団潰しのある意味で真っ当な思惑によるものだったのだが、しかしてその実態は裏で古泉が根回しをしていたことによって発生したイベントで、しかも既に事の収まりを見ているはずだ。 それに文芸部部長の長門だって、新年度のクラブ紹介で分かる人が聞けば見事なのであろう論文を発表しているんだし、文芸活動はそれでオールクリアーにしときゃあ通るだろう。いいじゃん、それで。 しかもこれから進路の話やらで忙しくなるっちゅうのに、また機関誌でも発行しろとの一言が発せられるものであれば、ものの見事に層の薄いSOS団はペシャンコになっちまうぜ。本当に俺たちを潰す気か? 会長は。 そう思って俺は古泉に目配せしたが、何故だか古泉もハンサム顔に微小な驚きの色を浮かばせていた。 これは成り行きを見守っていくしかないなと思い、俺はそれ以上言葉を作らなかった。 「もちろん会誌を製作するわよ」 ハルヒは元から俺たちを潰す予定だったらしい。 「いや、それはもう良い。今回文芸部には、来年度用の我が学校のパンフを製作して貰おうかと思っている。潤沢に割り当てられた部費が、不明な団体の意味不明な活動で消費され尽くしてしまってはかなわんからな。それにこの時期は私も色々と忙しい。それもあって、例年は生徒会執行部が製作している学校案内書を君らに一任してみようとなったわけだ」 なるほど。来年用のパンフなら時間だって十分あるし、写真を切り貼りして文章をとってつければいいようなもんだから、苦になるほどじゃないだろうな。それで部費の分配に対する大義名分が得られるのなら、こっちの精神衛生面的にも好都合だ。まともに頑張っている他の部活動員に対し、多少は後ろめたさを感じることがなくなって良い。 「そんなのあんたたちでやってなさいよ。あたしたちもヒマじゃないの。もう会誌の内容も決めてあるんだから」 どうしてもハルヒは俺たちを潰したいらしい。 「まあ……キミたちが自主的に活動を行うと言うのなら、こちらはそれでも構わん。しかしそれが口からでまかせであった場合、私にも存在しないはずの団を抹消するための手間が生じてしまうのを覚えておくといい。そうだな、一度企画書を作成して明示して貰おうか。今から生徒会室まで来たまえ」 「ヒマじゃないって言ってんの! 無駄な心配してる余裕があるんだったら、あんたがここに書類持ってきなさいよ!」 どう考えても生徒会長の方が多忙を極めているはずであろうが、俺は別に会長の擁護をするわけもなく。 「何を言っているんだ君は。私は文芸部部長を呼んでいるのだ。部外者は口を挟まないでくれたまえ」 と……珍しく喜緑さんが長門に合図し、長門は生徒会長についていく。 「ちょっと、待ちなさいってばっ!」 二つのハリケーンが合流を果たしたかのような勢力で、会長の後姿をハルヒが追う。 おかげで残された俺たちと部室はいやに静かだ。 しかしまあ会長。企画書なんぞ出さなくたって、あの団長殿が言い切ったことが実行に移されるのは確実なんだがな。悲しいくらい否が応にも。 「おや、どうしたのですか? 何か他に用事でも?」 ん? 何故かまだ部室には喜緑さんが残っている。 前回の佐々木団との一悶着の際、病床に伏していた長門の代わりに我らSOS団の宇宙人ポストに入って奮闘してくれたので多少の親睦はあるが、 「すみません。実は、お話しておきたいことがあるんです」 身の上話でもするのだろうか? 喜緑さんが部室に取り残された朝比奈さん、古泉、俺に対して言い放つ。 「まずは長門さんの能力が弱体化している件についてなんですが、それは彼女と思念体との接続が弱まってきているためだと考えられます」 ――長門が自分でも制限をかけちゃいるが。 「ほう。しかし何故、長門さんと思念体との接続状況が芳しくないのですか?」 こういう説明を受けている時なんかの古泉の返答は助かるな。 喜緑さんは続けて、 「はい。実は、わたしたちのようなインターフェイスには上の方から一つ禁令が下されているのですが、その禁令に長門さんが少しずつ触れてきているがゆえに、思念体から敬遠されているみたいなんです」 どんな禁令を……ん? そういえば以前に長門から聞いた記憶がある。 「確か、死にたくなっちゃいけないってやつでしたっけ」 そのまま俺は疑問も口に出す。 「長門がですか? 俺にはそんな風には……むしろ、生き生きしてきたように感じますが」 そうだ。長門の鉱石の様だった瞳にも、だんだんと血が巡り出してきたかのような、柔らかさと温かみが度々見受けられるようになってきていた。春休みの映画撮影(予告編のみ)の最中なんか、長門的には最高にハッチャケていたような様だったぜ。死にたいなんて、そりゃ相反してる。 「死にたい、ですか。それはまたどういうお話なのでしょうか?」 確か、アポだかネクロだか、自殺因子って単語もあったかな。 「ふむ……PCD、のように聞き受けられますね」 「古泉。いったい何だ? それは」 「例えば生物の進化の過程において、あらかじめ死が決定された細胞のことです。オタマジャクシの尻尾が、カエルへと変態する際に失われるといったような。その例のようにPCDはむしろポジティブな細胞の消失ですし、これが行われなければ僕たちにも手指などのパーツが形作られません。これをアポトーシスと言います。このように細胞の自殺が計画的に行われる、それがプログラム細胞死なのです。他にもネクローシスという、」 よし解らん。次へ行ってくれたまえ。 喜緑さんが古泉の言葉を受けてコクリと頷き、 「わたしたちインターフェイスは人類と同じ物質で構成されています。我々が死ぬような事態は殆どないのですが、有機的な活動を行う過程によって死の概念が組み上げられてしまうといったことなどが憂慮されます。思念体は元より死の概念を持ち合わせていないので、わたしたちによって情報構成に自殺因子が紛れ込む可能性をひどく嫌っているんです。恐らく、良い変化は期待されませんので」 ニコリと笑って、 「ゆえに、わたしたちは死を思うことを禁じられています」 うん。長門の話もたしかそんな感じだった。 「なるほど。情報統合思念体は群体のような性質を持っていると思うのですが、多細胞生物に見られるPCDにも一応の懸念を発起させている訳ですね」 「そんなところです」 喜緑さんは続けて、 「あと、先日の長門さんの不調は病気などではありません。おそらく、上の方と何かトラブルがあったのだと思います」 まあ、原因が周防九曜じゃないならそんなところだろう。俺は得心したように頷いて、 「して、そう思う理由は?」 と質問した。喜緑さんは微笑を消し、 「……あの日以降、長門さんと思念体との接続が異常なほど軽薄なものとなっているからです。なので、今の長門さんには殆ど力の行使が認められていません。皆さん、どうか長門さんをよろしくお願いします」 無論だね。むしろ注文を受ける前から走り出してる程に気をつけてるさ。 「ありがとうございました、喜緑さん」 俺の言葉を最後に、喜緑さんはぺこりと退室の礼を尽くし部屋を退出した。 そして閉められた扉は程なくしてドバン!と破裂音を上げ、 「おっまたせー! 勢いで計画進めてたら、こんななっちゃった! まぁ、善は急げ!美味しいものははやく食え! ってことでいいわよね! 明日の団活からさっそく原稿の執筆に取りかかるから、みんな楽しみにしてなさい!」 そう声高々と宣言するハルヒの後には長門の姿があり、ハルヒが右手で俺たちへと提示する紙には、 『企画内容:詩集。上稿予定:今週中』 というデススペルだけが書きなぐられていた。 俺には、最早それが死神との契約書にしか見えていなかった。 そんなこんなでやっと次の日になったかと思やぁハルヒは、休み時間が来るたびに何やらハサミで紙をショッキリショッキリいわせていた。 一体お前は何やってんだと聞けば、 「ひみつ! 放課後まで待ってなさいっ!」 と、ニカリとした笑みを作りながら溌剌と意気の良い返事をするばかりだった。 恐らくハルヒは俺の妹のようにハサミを装備することで破壊衝動を満たす化身へと変貌しているわけでなく、なんらかの創作活動に勤しんでいるのだろうから、折角だし作品の完成まで楽しみにしておくか、と俺は自分の席にいるときも心して後のハルヒへ目をやらずにいた。 そうなると俺はこれといってやることもないので、隣の窓越しに広がる過剰に陽気の良い春模様の空を見やり、その余った陽射しを我が身に受けて体内に貯蓄し、無駄に消えゆくエネルギーを減らそうといった仕事に献身していた。 ああ、春ってのはなんでこんなにも素晴らしいのだろうね。爛漫。 そして放課後、文芸部室にて。 朝比奈さんは俺たちにお茶を配膳する業務を終え、既に部室の風景と化していた。長門は最初から風景だった。 部室なら長門に何事もなかろうと、俺はいまだ姿を見せぬハルヒを待つ事もなしに古泉とヘブンオアヘルという創作トランプゲームに興じていた。 どんなゲームかと言えば、最初から片方がジョーカーとエースを手に持ち、相手をかどわかしながら選ばせるといったもので、つまり二人で行うババ抜きの最終決戦だけを抽出しただけである。これは経験によって無駄を省かれた。 しかし、単純なゲームをいかに楽しく行うかというテーマに沿って繰り広げられる熾烈な心理戦も、単純作業の繰り返しには飽きが来るという人間の心理の前には立つこと敵わず、また古泉も俺に敵わず(逆にやり込められている感がないとも言いがたいが)いつの間にか俺たちのやっていることはカードを弄びながらの雑談へと変わっていた。 「しっかしハルヒの奴、何でまた詩なんかに興味を惹かれたんだろうな。俺たちが詩なんか嗜んだ所で、痛い目と身悶えするような駄文を見るだけだろうに」 古泉はカードを四隅の一点だけで倒立させようと試みながら、 「そうでしょうか。感性多感な時分の僕たちの心模様を紙へと投影してみることは、未来の自分がそれを見た際に、その時代の感傷を想起さし得る貴重な宝物になるのではないかと」 「どうだか。次の朝にでも目が覚めたら、貴重な資源をゴミに変えてしまったってのに気がつくだろうぜ。その後に色んな意味で後悔するだけさ」 実体験ですか?という古泉からの質問に対し、俺は見聞きした深夜のラブレター作成理論の応用だと答えておいた。 「それはさておき、今回涼宮さんが機関誌の内容に詩集という形を取ったのも、受験生の朝比奈さんや僕たちへのちょっとした配慮なのかも知れませんね。詩なら、文量が少なくて済みますから」 「それこそ問題だ。少ない文字で成り立たせにゃならんから、構想に余計時間がかかる。それにどんな詩を書くのかも考えにゃならんから、よほど手間だ」 ズバン! 「待たせたわねっ! みんなは一秒が千秋に感じる程に待ちわびていたことだと思うわ! 今回も時間がないから、みんなの詩のテーマはコレで決めちゃいましょうっ!」 心臓を打ち抜くような音を鳴らしてハルヒが扉を押し開いてきた。 驚きの眼を配る朝比奈さんとハルヒの途方もない思い違いに呆気に取られている俺に、ハルヒは何やら励んでいた創作活動の賜物と思われる物体を、左手で作ったOKサインのOを示す指に挟んで見せびらかしていた。 「サイコロ、ですか?」 多分古泉の質問はその通りの答えだろう。 俺にも、それは三角形の紙を八枚セロハンテープで繋ぎ合わせて作られたフローライトナチュラル八面体に見える。 「そっ。特にキョンなんか書き始めるまでにも時間かかりそうだから、今回も内容はアトランダムに決めるわっ! キョン。雑用でしかないあんたのために労を負った団長様に感謝しなさいよね!」 先程の俺の言葉を見れば感謝すべきであろうが、アトランダムの偶然性に対し不満があったので「すまんな」という謝辞にて言葉を終了した。 ハルヒはフッフンと得意げに天井へと高々にサイコロを掲げ、 「それぞれの面にお題が書いてあるから、これをホイコロリンッって投げて出たヤツを詩の内容にすること! 異議があるなら言いながら投げるといいわよ。そして忘れちゃいなさいっ!」 俺には言い捨てる言葉もないが、 「しかしまた何でサイコロなんだ? わざわざ紙を切ってゴミを増やさずとも(そして作らずとも)、前みたいにくじ引きかアミダで決めりゃ良かったじゃないか」 という小さな疑問を投げかけた。 それを聞いたハルヒはチッチッっと右手の人差し指をメトロノームにしながら、 「それじゃバラエティに貧するってものよ! SOS団たるもの、些事の決め方にも広く手をのばしていかなきゃ! そして、ゆくゆくは世界の森羅万象を掴み取るのよっ!」 グッと決めポーズ。ハルヒは今日も絶好調なようである。ま、絶不調でなくて何よりだろうね。世界の平和的に。 だが、恐らくこのネタは外部から、というかテレビから受信して閃いただけだろう。 と、俺は手元に落とされた八面体ダイスを見ながらそう推察してみた。 何故かと言えば、サイコロのやっつの面に書かれているワードはそれぞれ 『私の詩』『未来予想図』『恋の詩』『本音の詩』 『元気が出る詩』『褒められた詩』『失敗した詩』 とあり、後半のテーマが若干日本語として妙なのはハルヒに国語力がないからではなく、お昼の某テレビ番組で転がされているサイコロに書かれた『~話』をそのまま詩という言葉に変換したせいだと思われるからだ。 「じゃっ、順番は団への貢献度が多い人からね! 序列は大事よ! 大きな組織の中では特にねっ!」 じゃ俺からでいいだろ。 「なんでよ? はいっ! 最初は副団長からっ」 SOS団は小規模だから、と説く前に、ハルヒはひょいと俺の手からサイコロをつまみ取り、流れるような動きでそれを古泉副団長へと手渡した。 古泉は卵をのせるような手の平の中でそれを弄び、 「さて、なにがでるかな?」 合唱しようと思ったが、古泉が出す目は大体の予想が立つし、多分予想通りである。 スマイル仮面の古泉のテーマは多くて二択であり、およそ『私』か『本音』だと、 「……おやっ?」 俺と古泉が思わず言葉を漏らす。 「褒められた詩、ですか。僕が以前に書いたポエムの傑作を載せるということでしょうか?」 書いてる姿も含めてそれも見てみたい。が……何だ? 確率論が復活したのか? 本来ならおかしくはないはずなのに俺が妙に思っていると、 「ちがうちがうっ。褒められたときの気持ちやらをポエムにするのよ」 俺にとって古泉のそれは不愉快なポエムになるなと思っていたら、ハルヒは続けざまに、 「でも、振り直しっ。それは国木田が書くから」 国木田? 「そうよ。名誉顧問と準団員には既に振ってもらって、『元気』『褒め』『失敗』は決まってるから」 ハルヒはくるリとメンバーを見回し、 「みんなもカブっちゃったらもう一回! 同じことやっても良いものは生まれないし、SOS団はバラエティに富んでないといけないって言ったでしょ!」 それよりも近い過去に序列がどうのと言ってた気がするが、それは覚えていないらしい。 「って、じゃあ俺はサイコロの振りようもないだろうが。全員が振った後じゃ、必然的に残りの一つに決まっちまうだろ?」 「いいじゃん。特に変わらないわ」 実際問題どうでもよかったし、例え同じサイコロを八つ同時に八人が投げたところで結果は変わらないであろうから、俺はそこで閉口した。 そして古泉は『本音』を出し、次いで長門が『私』、朝比奈さんが『未来予想図』、ここで俺は再度口を開いて抗議の旨を団長、いや編集長へと必死に訴えたが、ハルヒはガイウス・ユリウス・カエサルがルビゴン川を渡った際に言い放ったのと同じ言葉で俺の訴状をねじ伏せた。 ――そしてまた次の日の放課後。現在に至る。 目の前のハルヒが何故こんなにも不機嫌なのかと言えば、 「ちょっとみんな! あの三人はすぐ詩を完成させて持って来たってのに、何でみんなはちーっとも筆が進んでないのよ!」 ハルヒが代わりに言ってくれた。その理由を申せと仰るのであれば、説明するまでもなく「そりゃそうだ」の一言に尽きる。 鶴屋さんは『元気』、国木田は『褒められた』、谷口は『失敗』の詩を書いており、言葉そのままでも違和感のない程にそれぞれピッタリはまった題目だ。 一夜で詩が書けた理由としては、各自それのネタなんていくらでもあるだろうし、万能である鶴屋さんの才の一つに詩的才能が含まれている予測は疑いようもなく、国木田と谷口なんかは適当に済ませたのだろう。 重ねて俺たちときたら、古泉と朝比奈さんのテーマはまるで名探偵にズバリズバリとトリックを言い当てられて言葉を失った犯人のようにアワワとしか言いようがなくなってしまうようなものであるし、『私』の長門なんか前回の小説で自分のことであろう作品を書いているので、俺と共に前回とお題がモロかぶりである。 言うまでもないとは思うが、俺は『恋』のネタである。 もう、そんなもん俺の在庫には最初っからないんだし、長らく入荷待ちの札が掛かってるだけだっつーのに。 それらの理由により、俺はもう一度ハルヒに儚い希望を提訴してみた。 「ハルヒ。じゃあ皆のテーマを変えてくれないか? 俺だって恋なんてもんは幼い頃、従姉妹に一方的に苦い思いをしただけだし、それ以来そういった甘そうなのは味わったためしがないんだ。だから俺の中にあるそんなネタは、前回の小説が最後っ屁でもうグウの音も出ん。終了だ」 却下。という二文字の一言が虚しく飛んでくると思っていたが、 「そうなのですか? むしろ味を感じないのは、あなたにとってそれが空気みたいな物だからなのでは?」 予想に反し、助け舟を渡してやった筈なのにそれを撃沈させるかのような言葉が古泉から飛んできた。 「うん? どういう意味だそれは」 特売アイドルみたいなスタイルのお前と違って、俺にはそんなに身の回りに溢れているもんじゃないんだよ。それにそんなことを言われるとな古泉。俺だって……泣くんだぞ。 「いえいえ、そうではないですよ」 若干苦味を持たせたスマイルで、 「あなたにとって必要不可欠であるにも関わらず、身近に存在しすぎてあなたが気付いていないだけ。ということです」 ほう。そいつは嬉しいじゃないか。つまり、俺に想いを寄せているがそれを伝えられずにいるうら若き乙女の視線が、恋の矢の如く俺の後頭部に突き刺さっているのが古泉には見えるってわけだな。 何だか涙が別の理由で出てきそうだと思っていると、 「古泉くん。それどういうこと? 団長に報告もなしに男女交際をしている輩がいるっていう告発?」 そう古泉に話しかけながらも、ハルヒの視線はまるっきり俺の方へと向いている。 そんな目をされても俺はなにも知らん。 「そうではありません」 今日が、古泉にとって初めてハルヒにノーと言えた記念日となった。 「僕はただ、恋とは意識して感じ取れるものではなく、無意識の内に自分が恋に落ちていたという事実を自らが認識した際に知り得るものだ、という考えを述べたまでですので、他意はありません。ご安心を」 「ああ、なるほどね。それはあたしと似たような捉え方だから良くわかるわ」 うん? お前、恋愛は精神疾患だとか言ってなかったか? 「もちろん。風邪と同じでかかりたいと思ったときにはかからないし、忘れてる頃にはいつの間にやら患っているものってことよ。まさに病気じゃない。あたしは抗体持ってるから絶対かかんないけどね」 蝶がヒラヒラと舞い寄ってくるような古泉の思想が、ハルヒの例えによって一気に消毒液臭くなった。 俺は飛び去った蝶の採集を試みるように、 「じゃあハルヒ。抗体持ってるってんなら、以前に恋患いの経験があるんだな?」 「あるわよ」 「へっ?」 っと、俺がハルヒから思わぬクロスカウンターを喰らって目を丸くしていると、 「はしかやオタフク風邪と一緒よ。ちっちゃい頃に感染しとくべきなの。それは」 ……やれやれ。まったく、現実的なものにはどこまでも夢のない奴だな。非現実に見せる積極性をピコグラム単位でも振り分けてみたらどうかと提案するね。それだけでも、お前には男共がわんさと群がってくることだろうぜ。黙ってりゃあもっと良い。 「ド馬鹿キョン! つまんない奴らがいくら集まっても、あたしの欲求は埋めらんないのっ!」 壊れたミニカーのようにキーキー言っていたハルヒは、俺に近づいてきて急に止まったかと思えば、俺の心臓あたりをスイッチを押すようにしつつ不敵な笑みを浮かべ、 「だからね! あたしが集めて作ったSOS団は、みーんな粒ぞろいの精鋭なのっ! 全員一緒なら意図せずとも世界は盛り上がっちゃうって寸法よ! わかるわねっ!」 「……ああ、よく分かってるさ。もちろんだ」 ――そうだとも。佐々木の閉鎖空間をめちゃくちゃにしたあいつらなんかとは、SOS団は全く存在を異にする。 俺たちだってそれぞれ形は違っちゃいるが、いつの間にかそれはパズルのようにガッチリ組みあがって、今では全員で一つのものになっていたんだ。前回の事件で、俺たちはそれを身にしみて感じる事が出来たのさ。 ――そして、その中心にいるのは……ハルヒ。いつだってお前なんだ。 「なにアホヅラかましてんの! そんな暇あったらとっとと書きなさい! ちなみにテーマ変えはなしっ!」 それは変えて欲しかったが、俺はもうハルヒに抗弁をたれるまでには至らなかった。 ハルヒは憤怒しているように見えたが……その表情はまさに、楽しくて堪らないともの語っていたからな。 しかしいつまで経っても団員の誰一人としてポエムを完成させることはなく、修練の結果は翌日に現れるといったハルヒ理論により、詩の作成は宿題という形で団員に背負わされ、俺たちは普段よりも重い足取りながら、いつもの並びで帰路についていた。 「もしかしたら涼宮さんは、己の能力と僕たちの正体に気付いているかも知れません」 何の脈絡もなしに世界が終焉を迎えそうなことを言い放っているのは、もちろん古泉である。 「そりゃまた、えらく段階を踏まない話だな。なぜそう思う?」 ハルヒと朝比奈さんが先頭、次いでハードカバーを読みふけりながら歩く長門、そして最後尾の俺と古泉。 古泉は部室からずっと手に持っていた物を俺に見せるように掲げ、 「……これですよ」 「って、ハルヒが作った只のサイコロじゃないか」 テーマ決めの際に使用された八面体の紙製サイコロだった。 ちなみに、このサイコロ君は生まれて間もなく存在意義を失ってしまった可哀相な奴である。 というより、また使われるようなことがあっては堪らんので、俺としてはいち早く鉄のゆりかごの中で眠って頂き未来人に起こされる日を待って頂きたい次第である。……そういえば、タイムカプセルって自分たちで掘り起こすもんだったよな? 「その話はまた別の機会にしましょう」 古泉の提案を拒む理由は皆目なかったので、俺は話を聞く態勢に入った。 「何故、今回のテーマを涼宮さんがこのような物で抽選したと思います?」 「そりゃあおそらく、学食でテレビでも見ててネタを頂戴したんだろ」 ふむ、っと古泉は視線のみを数瞬だけ横に流して、 「たとえば、涼宮さん自身がクジの偶然性に疑問を持っていたとします。そして無意識の内に、確率を確認するのにはこの上なく最適であるサイコロという手段を取ったのであれば……涼宮さんは表層の意識に限りなく近い所で、己の能力の存在について勘付いているという可能性が示唆されます」 それを聞いた俺は「へえ、」と一呼吸おいて、 「考えすぎじゃないか? あと、お前たちの正体に気が付いてるという予測は何処から立つんだ?」 ほのかに微笑んだ古泉は手に持っていたサイコロを俺に渡し、俺がそれをつぶさに眺めていると、 「これに書かれているテーマですよ。偶然にしては……余りに、僕らが有する要素に対して的を射すぎている。なので涼宮さんは僕たちの正体を心の何処かで知っていて、これによって確証を得たいのかも知れません。これも多分、無意識の内の行動でしょうがね」 はん。年がら年中どこまでも特殊な存在と一緒に過ごしてたら、だれだって少しはそう思うだろうぜ。 「それも深読みし過ぎだろう。サイコロのネタだって、提供元はシャミセンの親類が経営する洗剤会社に違いない」 この言葉に古泉はいつものスマイルを取り戻し、 「そうですね。それに僕たちが一発で各自のテーマを当てなかった理由は、むしろ涼宮さんは自分にそんな能力があるということを否定したいからなのでしょうし、ひょっとしたら、単純に涼宮さんの力が弱まっているだけなのかもしれませんしね」 ん? ちょっと待て。一つだけ合点がいかない。 「……俺のテーマが『恋』になった理由は何だ?」 「それは本当は朝比奈さんが未来人であるように、あなたも本当は恋を」 「なあ古泉。だいたい生徒会長は何でまたこんな時期に文芸活動を要求してきたんだ? まあ当初の要求は文芸部的なんてのじゃてんでなかったが。機関が関係してるのか?」 「それなんですが」 と古泉はスマイルのレベルを最小にまで下げ、 「これは僕らの手回しによるものではありません。会長なりに考えてみた結果なのかも知れませんが、若干、あの人に生徒会長の仮面が定着し過ぎている感が否めませんね。いえ、もしかしたら、喜緑さんの手によるものだったというのも考えられます」 「ほう。まあそれなら重要だったよな。長門に何かがあったのは分かってたのに、俺たちはその何かまでは知らなかったわけだし」 古泉はフフフと不気味に笑い、 「それなんですが、僕にはおおよその見当が付いています」 一体それはなん、まで俺が言葉を出したときだった。 ゴスンッ! ――今の音は長門の頭から出たのか電柱から出たのか、一体どっちだ!? ……なんて、不毛な論議に変換している場合じゃない。 「ちょっと有希っ! あたま大丈夫!?」 ハルヒは長門がアッパラパーになっていないか心配しているのではなく、本を読みながら電信柱に頭部を強打した長門を案じながら、怪我の有無を確認している。 そして古泉と俺は長門が電柱にケンカを吹っかけた光景を目撃して目を丸くし、朝比奈さんはわたわたと長門に気遣いの言葉を途切れとぎれでかけていた。 「心配しなくていい、平気」 いやゴッツンコした所が小高い山を作って、まだ春だってのに紅葉を迎えてるぞ? 「大丈夫か?」 駆け寄る俺に、 「ありがとう。……みんなも」 たんこぶを抑えるのをガマンしている様に見える長門が答えた。 「でも、珍しいわね。有希が物にぶつかるだなんて。そういえば……見た覚えがないわ。いつも本読みながら歩いてるってのに」 「別のことでも考えてて、そっちに気がいってたんじゃないか? 詩とかポエムとか……ポエムを」 「そ、そうなのかな……」 俺のギャグにハルヒは悩ましい顔を作ってしまったので、 「すまん冗談だ。多分、まだ調子が戻ってなくてフラついたんだろ。長門も読書は中断してハルヒたちと歩くといい」 「…………」 沈黙する長門をハルヒと朝比奈さんに任せ、俺は古泉の話の続きを聞くために後列へと戻った。 「長門さんに怪我はありませんでしたか?」 「ん、おでこがプックリだが心配なさそうだ」 「そうでしたか」 そう話す古泉は、どこか嬉しそうな面持ちである。 「なにか良いことあったか」 ムッとした俺が硬質な感触のする言葉を作ると、 「……むしろ現在、機関はある懸念を抱えて悶然としています。ですが、確かに最近の長門さんの変化については喜ばしいことのように思いますね」 「弱っている長門が良いってのか?」 それでは語弊がありますね、と古泉は微笑をたたえ、 「近頃、というか先程の長門さんもそうなのですが……とても人間味を感じませんか? TFEI端末として弱体化してきているというのは、ちょっとずつ長門さんが人間に近づいていきるという側面があると思うのです。それはあなたにとって嬉しいことでしょう? もちろん、僕にとってもね」 俺を目で落としてどうするんだと言わんばかりの温和な視線で、古泉はふわりと柔和な笑顔を作った。 「……そうかもな。俺にとって、そりゃもちろん嬉しいことだ。それに俺たちだけじゃない。ハルヒに、朝比奈さんに、そして何より……長門自身にとってな」 そう。長門にむける心配は、そろそろ見方を変えなけりゃならんのかもしれん。 力を失っていく宇宙人に対するそれから、細腕で柔弱な少女への気配りへと。 「ところで、お前が抱えてる懸念ってのは一体なんなんだ? 俺以外に話せる奴なんていないだろうし、話してみるだけでも多少違うんじゃないか?」 俺の言葉に古泉はどんな表情を出して良いのか解らないといった顔つきになり、 「……そうですね。話しておいた方が良いかも知れません。あなたには」 「なんだ?」 俺の目を見て、 「程ない以前、閉鎖空間と《神人》が久しぶりに乱発された時期がありましたよね?」 「ああ、佐々木とハルヒが出会った日以降だったっけ。お前でも疲労の色が隠せてなかったよな」 「それなんですが、閉鎖空間の発生は二週間ほど前……特定すれば土曜日にまるっきり沈静化しました」 土曜日? ――ああ、俺が佐々木たちと会合した前日か。だが、 「良かったじゃないか。この言葉以外に何がある?」 古泉は全然良くないことを話すような顔で、 「それが、不可解な点がいくつかあるのですよ」 「一体どこにあると言うんだ?」 「まず、何故に突然閉鎖空間の発生が沈黙したのか。機関の諜報部をもってしても原因が判明しません。そして他に……これは閉鎖空間内で《神人》の討伐を担う役割の僕や仲間たちしか感じないのですが……」 古泉は前方で談笑しているハルヒを一瞥し、 「閉鎖空間は世界中の何処にも発生していないにも関わらず、僕たちにはそれが存在しているという確信が、沈静化した直後から心の隅の方で、こうしている今でもくすぶり続けているのです。……それによって一つの推測が立つのですが、これは多分、あなたは聞きたくもない話です」 「聞きたくないかは俺が判断する。さわりだけ言ってくれ」 古泉は眼に真剣をやつし、神妙な雰囲気でこう言った。 「――涼宮さんが、まさに神と呼ぶに相応しくなったのではないか? という内容です」 「そうか。そりゃ全くもって聞くだけ無意味な話だな」 ハルヒが神だって? あいつはいつだって奇想天外な行動を起こしちゃいるが、根っこの方は特に変わりのない普通の女の子じゃないか。お前だって良く知ってるはずだろ。そんなの、考えるだけバカらしいってもんだ。 「ええ、全くです。仮にこの推論が当たっていたとしても、何が起こるのか皆目見当が付かない故に対処の方法も思い浮かびません。なので案じたところでどうにもなりませんし、ただの杞憂であればなお良いだけです。すみません、あなたはこの話を忘れて下さい。それに僕も――」 古泉は、長門の後ろ姿を温もりさえ感じる視線で見つめながら、 「……いかなる憂いすら、今の彼女を見ていると消し飛んでしまいますよ」 そうだな。俺たちが憂うべきものは、今のところ帰ってからどうやったらポエムを書かないで済むか考えることだけだろうぜ。 「……まあ、そうですね」 古泉はまた思案顔を作り、悩ましげに顎を支えていた。これはこいつの癖になっちまったのかね? 「無駄な心配はしないに限るぞ。時間と神経を無為に減らすだけだ」 いつもより元気はないが、それでも十分爽やかなスマイルで、 「……そうすることにしましょう。まあ、詩は頑張って執筆してみますがね」 「ああ。やっぱり俺もお前にならって机の前で頑張ってみるかね。思えば、書かないで済むかなんて思案することだって無駄なんだしな」 「ふふ。お互い頑張りましょう」 そうやって、その日俺たちはそれぞれ自分の家へと足を辿り着かせた。 ……さて、無から有を創造するある意味で神的な作業に入るとするか。 ――俺はこのとき、この平穏は当分の間続くものだと信じていた。 SOS団は今までにない程まとまっていたし、ハルヒと長門が落ち着いてきているのは良い変化だと疑わなかったからだ。 だが、それは違った。それらの吉兆は、裏を返せば……最悪な事態が引き起こされる前兆でもあったんだ――。 第一章